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2008年5月30日 (金)

最近、小野寺功氏の著書を何冊か読む機会があった。「さて、小野寺の思索はダイナミックな発展というものには乏しい。キリスト教神学の三位一体論を西田幾多郎の「場所の論理」によって再解釈するという着想がまずあり、以後の歩みはその論理的精密化に費やされたといってよい」(日外選書『須賀敦子と9人のレリギオ』神谷光信著、145頁)と著者の神谷氏は書くが、確かにそんな感じもある。しかし、西田哲学とキリスト教をつなげるという試みは重要かと思う。そのことが理解された時、小野寺氏も歴史の中で記憶されていくであろう。

西田幾多郎は京都帝国大学の教授であった。彼を中心にして出来た学派を京都学派といった。この学派の人々は、仏教ともキリスト教とも関係がある。その意味では、キリスト教側から、この学派に接近することは、意味のあることであろう。

西田の後妻のなって琴はキリスト者で、西田の死後、湘南YWCAの初代会長になった。西田の後継者の田辺元も、戦後、キリスト教に関心を寄せて、自分を「キリスト者への途上にある者」と意識していたという。小野寺氏の著書にも、田辺へのま言及は多い。

西田の言葉に「絶対無」というものがある。これは何か。般若心経に「色即是空」という言葉がある。ニヒリズムの感覚を指しているのだろう。しかし、そのすぐ後に「空即是色」という言葉が出てくる。万物生成の原理を指しているのだろうか。絶対無とは、この「色即是空」と「空即是色」の転換点にあるのかも知れない。キリスト教的に言えば、回心、新生、義認など、すべての人への神の「招き」の場所を指している。であれば、絶対無とは、単なる無ではなくして、神が介入する無なのだろう。

無に関して、面白い話がある。

元富士銀行頭取で、95歳の高齢で逝去した岩佐凱実(よしざね)さんに自伝『回想八十年』がある。それによると、昭和25年9月に単身渡米した時、入国管理官から、信仰する宗教を聞かれたという。岩佐さんは、「無宗教」と答えると、変な顔をされたという。そこで、「私はキリスト教徒でも仏教徒でもない。神道でもない。いわんやイスラム教徒でもない。しかし私は宇宙の神を信じている」と答えると、解放してくれたという。無宗教といっても、その宗教は人造宗教の意味かも知れない。

無教会も、無の言葉を冠している。内村鑑三は教会のあり方に疑問を感じて「無教会」となったが、「無」の意味に「教会の本質を問う」積極的な要素を込めるようになった。これは、私の感想であり、可見的教会への問いであり、不可見教会への問いではない、と思う。のちに無教会人がブルンナー著『教会の誤解』を邦訳した。ブルンナーは無教会を評価していた。

名作「東京物語」などを通して銀幕に女優・原節子の魅力を輝かし続けた小津安二郎監督の墓は北鎌倉の円覚寺境内にある。そこには「無」の一字が刻まれている。これは、小津監督の特注の墓なのかと思ったが、のちに、雑司ヶ谷霊園でも、全く同じ「無」の一字の墓を見たことがある。

それにしても、「無」の魅力には日本人としては抗し難いものがあるのかも知れない。

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コメント

釈迦の求道の動機は、虚無の感覚であったと思う。これは、我々に広く共有されているのではないだろうか。そして、虚無は自殺にもつながる可能性を持っている。それは無の意識だからであり、その無は無意味に容易に転化するからである。しかし、その無が絶対無につながるものであれば、そこでは転換が行われる。そこに希望がある。だから、無の問題を抱える人々に対して、その無は絶対無につながるのだという知らせがもたらされれば、人々は無に耐える力を得ることができるであろう。色即是空は、それだけではいけない。空即是色と共に語られなければならない。それが語られるのであれば、同時に絶対無も、その中に語られているのである。

投稿: | 2008年5月30日 (金) 13時56分

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