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2008年5月25日 (日)

理性的認識

E・ジルソンは、こう言っている。

「認識の諸様態の伝統的な段階組織は、キリスト教思想家によれば、つねに信仰、理性的認識、顔をあわせて神を見ることの順である。「われわれがこの生において得る理性的認識は、信仰と直感との中間に存するものであると考える」(inter fidem et speciem intellectum quem in hac vita eapimus esse medium intelligo.)-聖アンセルムスはこのようにしるしている」(筑摩叢書204『中世哲学の精神 上』ジルソン著、50頁)

最後の「顔をあわせて神を見ること」が至福直観なのだろう。それが人生の最終目標である。それはいい。その前に理性的認識が来ているのだが、普通は、信仰の前に置くのではないだろうか。信仰の後に理性的認識を置くのであれば、その理性は、人間を理性的動物と定義した時の「理性」ではなくて、聖霊によって教えられたことを知る「理性」認識というものであろうと思う。

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