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2008年6月18日 (水)

岩下壮一神父

上智大学に宗教学関係で盛んに活動していたA教授がいた。もう故人である。最初、神父さんかと思っていたが、信徒とのことであった。

ある日、学内で集会があり、そのあと、学外で食事を共にしつつ、雑談の時を持った。その時、A教授は、こんなことを言われた。

「岩下神父さんは第一バチカン時代の人。今は、第二バチカン後でエキュメニズムの時代。少し、時代が違うような気がする」

教会一致とか、教会協力とか、そんな時代に、プロテスタントに挑戦的であった岩下神父は、余り触れたくない人物という意味かも知れない。私も、かつてプロテスタント信徒の時代には、岩下神父は敬遠していた。余り、読みたくない人物であった。

確かに、神父には、そんな気分、挑戦的な姿勢が感じられる。しかし、知識階級にカトリシズムが浸透していった功績も大きいと思う。恐らく、これはこの神父からであると思う。

さて、A教授の言葉を額面どおりに受け止めようか、あるいは解釈の余地はないのだろうか。

現代社会への適応というのが第二バチカン公会議の目的であり、同時に、そこで教会一致を目指す方針が確定された。それを受けて、ルーテル教会との間に、信仰義認の教理に関する合意が得られた。

もし、この合意を第二バチカンの目的の一つと見れば、それは、少し歴史的な目を持って眺めれば、近世そして近代の終焉のしるしを意味しているかも知れない。

それは同時に、近代に対決姿勢を示してきた岩下神父の方向性とも合致するのではないか。第二バチカンを、そんな脈絡で見た時、中世研究を続けてきた岩下神父の業績は決して無意味ではなく、再び見直す時が来るのではないだろうか。

しかし、岩下神父のプロテスタント批判は、一種の「偏見」であるという意見も、プロテスタント側にはあるかも知れない。こういう意見を誠実に取り上げることも大切と思う。

宗教改革は、私の今の理解では、洗礼への問いであった。1994年に、岩下神父の『カトリックの信仰』が講談社学術文庫の一冊として出たけれど、随所に書かれているプロテスタント批判は、真実なのだろうか。恐らく、異論もあると思う。そういうことについて、細かく検証を重ねていくこと、そんな作業の中に、真実の教会一致への道があるのだと思う。

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コメント

一般的には、第二バチカンは、第一バチカンと対立的に捉えられているのだが、連続的な面もあるという指摘もある。第一バチカンは「正」、第二バチカンは「反」、そして、「合」の立場を求めていく、そんな弁証法的理解もあろう。それが「新しき中世」の立場である。

投稿: | 2008年6月21日 (土) 06時15分

第一バチカンと第二バチカンとの関係については、『信仰について』(V.メッソーリ著、吉向キエ訳)の中の第二章「再発見すべき公会議」の中で詳しく語られている。これは著者が、ラッツィンガー枢機卿(現在は教皇)に、さまざまな問題について聞いたもの。その見解は、私には当然と思われるのだけれど、教会内部には、いろいろな声があるらしい。

投稿: | 2008年6月22日 (日) 17時42分

エキュメニズムの時代ということで、岩下神父を取り上げないのは、私は、むしろ逆と思う。プロテスタントを知り、カトリック側で反論をしていたのは、岩下神父であった。主に無教会の人々への反論であった。

岩下神父が忘れられた時、カトリックへの関心も低下するであろうし、それはキリスト教全体にも及ぶであろう。

無教会とカトリックとの対話、岩下神父の課題は継続していかなくてはならないのである。それは、信仰の「勝負」とか、どちらがいいということではなくて、キリスト教の歴史の理解を深めるために必要、と私は思う。

投稿: | 2008年7月23日 (水) 21時20分

現 岩下家当主として、大変うれしく、名誉に思います。筆者、研究家の方々に感謝致します。choshu@kindaibio.com

投稿: 岩下肇秀 | 2011年5月25日 (水) 11時34分

1989年12月3日、上智大学内の上智会館で、「岩下神父を偲ぶ会」があり、私は、そのお手伝いをさせていただきました。その時に知り合った方が、その後、『キリストに倣いて 岩下壮一神父 永遠の面影』『続キリストに倣いて 岩下神父、マザー亀代子、シスター愛子の追憶』(共に学苑社刊)を出版されました。「永遠の面影」は岩下神父の弟子の吉満義彦の寄稿「恩師永遠の面影」からとりました。偲ぶ会を準備された方も、会に出られた何人かの神父さんも亡くなられました。偲ぶ会は5年で終わりましたが、「吉満義彦を偲ぶ会」は、今も年1回、続けています。また、岩下神父の先生にあたるケーベルについては、年1回、命日の前後に墓参をしています。今年は6月12日(日)午後2時の予定です。岩下神父の活躍した時代は、日本にとっては戦争もあり厳しい時代であったと思いますが、今と違い人材は豊富であったように思います。

投稿: | 2011年5月25日 (水) 13時51分

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