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2008年6月13日 (金)

引退の利益

 私は引退あるいは隠遁に魅せられてきた人間である。生涯、ケーニヒスベルグから一歩も外にでなかったカント、独身のまま研究生活を続けたニュートン、レンズ磨きで生計をたてていたスピノザ、また灯台守にも魅力を感じていたアインシュタインなど、隠遁に憧れ、実際、そのような環境で大をなした人は多いのである。南原繁も「屋根裏の哲人」と呼ばれていた。
 さて、内村の文章に次のようなのがある。それは引退、隠遁の利益を示して、キリスト信者の感動を呼ぶ。
「隠退の快楽は神と語る事比較的多くして人と語る事比較的少きことにあり、時代的事実に接すること少くして永久的真理を学ぶこと多きにあり、表面的交際を避けて誠実の友とのみ交はり得るにあり、此等の快楽ありて吾人は隠退の利益あるを知って、その損失あるを知らず」
 亀井勝一郎氏は、この言葉に一種の寂寥感を覚えているが、これは内村の負け惜しみではなく、本心であろう。この言葉によって人生の晩年も明るくなる。神の友となって、人は晩年を恐れるに及ばず、かえって大いなる快楽のあるを知り、希望のうちに晩年を迎えることができる。

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