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2008年6月18日 (水)

文明の問題

文明とは見える世界のことではないだろうか。しかし、東洋、特に仏教圏では、創始者の生涯はよく知られていて、そこでは見える世界への問いから始まっている。出家の劇的な、見える世界における落差がそこにある。そして、無常が当たり前になっている。

その時、文明もまた、どれほど見える世界の勢力を誇っても、根本は無から免れることはできない。そんな感情は西洋的なものと異質なものかも知れないが、ロシアには、そんな感情が分かってもらえそうである。

「西欧人はかつて文明が正当化されることについていかなる疑問もいだいたことがない。これは純粋にロシア的な疑問であり、なんら教養も身につけたことのないロシア人のあいだにではなく、しばしば最高水準の教養の持主にみいだされる疑問である」(『ロシア共産主義の歴史と意味』ベルジャーエフ著)

日本で、ロシア哲学の研究が盛んになれば、これまでの西洋一点張りの意識から、もっと別の意識と視点が生まれるかも知れない。

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