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2008年6月25日 (水)

内村鑑三と賀川豊彦

内村に 日本は見える 賀川には
 それは見えない 比べてみれば

佐藤泰正さんは、こんなことを言っています。

「たとえば昔、私は賀川豊彦の『死線を越えて』など、あの三部作を論じたことがあるんです。賀川さんは日本における労働運動ないしいろんな問題の先駆者であり、また非常に優れた人です。ただそこにひとつはっきりわかったことは、賀川さんが入信なさる、あるいはいろんな問題のなかで、日本人である自分が、あの時代になかでキリスト教にかかわるという内面的な苦悩というのが露ほども出てこないんです。この日本人とキリスト教という問題です。賀川さんを別に否定する意味ではないんですが、その問題に限ってはどうもわからないという感じなんです。そう思っていたらある年配の牧師さんで賀川さんと親しい方が、「賀川くんはなかなか偉い立派な人だが、ただひとつどうしてもわからないのは、彼は日本人でありながらキリスト教に入るということに、なんらの苦悩なり、闘いなり、問題なりを語っていないし、それから見えてくるものがない」という意味のことを語っておられるのを読んだことがあるんです。」(新潮文庫『人生の同伴者』遠藤周作・佐藤泰正著、39頁)

「日本を救ってください」が、賀川さんの臨終の祈りの一部でなかったろうか。しかし、言われてみれば、特に、内村の日本人意識と比べてみれば、佐藤さんの言うような印象は認められるように思う。賀川さんは、日本という国を、どう考えていたのだろうか。

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