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2008年6月 1日 (日)

吉満氏のこと

遠藤周作氏の小品の中に「吉満先生のこと」がある。

これは、新潮社版「遠藤周作文学全集」6『沈黙・母なる者』(1975年2月刊行)の「月報1」に「あの人、あの頃1」と題して書き下ろされたもので、その後、文芸春秋刊『心の夜想曲』(1986年2月)、文春文庫『心の夜想曲』(1989年2月)にも収録されている。

この作品は、吉満氏と遠藤氏との関係を記した、私にとっては重要な証言なのだけれど、吉満氏が、遠藤氏の中世に関する疑問にもかかわらず、その取り組みを奨励する言葉が欠けていた。そんな言葉が、確かにあったはずである。

この小品は、冒頭、「学生時代に私が影響や刺激を受けた先生の一人に哲学者の吉満義彦先生がいる」と書き出している。

「信濃町の駅のそばにある基督教学生寮に転がりこんだが、そこの舎監をされていたのがたまたま吉満先生だったのである」というが、こり寮は現在の真生会館である。そして、創設者は岩下壮一神父である。当時、吉満氏は週3回、寮に宿泊されていたという。

遠藤氏はいう。

「先生が与えてくださった刺激は幾つかあるが、そのひとつは日本人と基督教ということを私に考えさせる切っ掛けをくださったことである」。そして、遠藤氏は、吉満の師であるマリタンの本も読み始めるが、こんな感想を抱く。「先生やマリタンの言う西欧的「中世」が日本にはないじゃないか、という疑問が次第に念頭に起きはじめたのである」。

この作品には、この疑問に対する吉満の応答は書かれていない。しかし、どこかで、読んだ気がするのである。それは、「新しい<中世>をつくればいいじゃないか」と、そんな励ましの言葉であったように思う。

しかし、遠藤氏は、この出会いを契機に文学に向かっていったのであろうか。

「君は哲学なんかより文学がむいている。私が知っている文学者で会いたい人がいたら紹介状を書いてあげよう。そして堀辰雄氏と亀井勝一郎氏に紹介状をすぐ書いてくださった」と吉満先生はいう。

遠藤氏は、この吉満の印象について、「私の印象では先生が我が国で一番はやく実存とか、実存的なものを語られた思想家の一人ではなかったかと思う」と書いている。トマスについて語りつつも、アウグスチヌスやパスカルについても語り続けた吉満氏には、そんな要素があったのかも知れない。

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