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2008年6月24日 (火)

無教会とカトリック

武田友寿(たけだ・ともじゅ)氏は、内村鑑三について何冊か本を書いておられる。

『内村鑑三・青春の原像』(日本YMCA同盟出版部)には、自分の中での、無教会とカトリックとの関係について、こう書かれている。

「『余は如何にして基督信徒となりし乎』を手にしたのは昭和23年の末であった。年明けて1月末、私はカトリック教会の門をくぐった。鑑三へ心酔する自分とのたたかいはそれ以後にはじまる。無教会派の内村鑑三と教会絶対主義のカトリシズム。その両方にひかれた私はいかにも矛盾撞着をおかしている。しかも、その鑑三によって私がカトリックに導かれたのだ、といったら、人はその理不尽を笑うかもしれない。だが、それは事実だ。30年、私が内村鑑三から離れられなかったのは実にこの矛盾のゆえだ、と自分で思うことがある。同時に、カトリックを私が去らなかったのも鑑三から私が離れなかったからだ、としかいえない。これはまことにおかしな、私の内村鑑三体験というほかない」

武田氏は、かつて『季刊・創造』の編集長で、同誌には、プロテスタントとカトリックの文筆家たちが寄稿していた。武田氏の「内村鑑三体験」を思う時、武田氏は本当に適任であったと思う。

人は、岩下壮一神父と塚本虎二氏との対立を連想し、カトリックと無教会との間には、そんな関係だけしかないと思うかも知れない。吉満義彦も田中耕太郎も、無教会からカトリックに移っている。そんな人は他にもいる。

このような関係以外に、この両者の関係はないと思う人がいるかも知れないが、そうではない、と私は思う。その例が、武田氏である。

武田氏の残した本を熟読して、この二つの信仰にあって対立とは別の関係のあり方を探るのも意味のあることではないかと思う。小野寺功氏の「聖霊神学」というのは、どこか無教会的信仰と触れ合っていると、私には思えるのである。

そして、武田氏も小野寺氏も、清泉女子大学で教えられた。不思議な縁を感じる。

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コメント

武田友寿氏回想
カトリック 無教会との 対極に
 引かれ続けて 名著を残す
 
対極とは、岩下壮一神父においては、確かに対極であったが、武田氏にとっては共存なのだろうか。そんな視点も、大切と思う。無教会的生き方とは、身近なところから始めよ、ということだろうか。要するに、日本は、日本人にとって身近なところであり、それを無視しての宣教には無理があるのではないかということである。遠藤周作氏の「母なるもの」には、内村的ピューリタン的信仰への反発があったかも知れないが、日本を問うという点では、内村の問題意識を共有しているのではないだろうか。 

投稿: | 2008年6月27日 (金) 09時43分

内村鑑三は、「第二の宗教改革」と言った。その必要を訴えた。関連資料には、千葉真「内村鑑三と第二の宗教改革」(『内村鑑三記念キリスト教講演会講演集』1996年)がある。
私は、カトリックと無教会との対話の中に、それがあるのではないかと考えている。その時、岩下壮一神父は、再び、注目されるだろうと思う。その見解を精査すべきと思う。

投稿: | 2008年6月29日 (日) 23時10分

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