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2008年7月27日 (日)

内村の洞察

近代に  生き近代を  超えてゆく
 その歴史観  いかに今読む

近代とは教派の是認を前提にしている。内村には、それへの批判が若い時から一貫してあった。しかし、歴史的西洋中世へ戻る選択ではなく、彼は来るべき世と時代を求めたのである。

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コメント

無教会の「無」とは、どういう意味なのだろうか。教派主義の否定なのかも知れない。そのことによって同時に全教派「主義」を意味しているのかも知れない。この全教派の意味で解釈している人は、余りいないかも知れないが、内村の思いは全教派にわたっている。そう思うと、無教会はエキュメニズムを先取りしているかも知れない。
「無」とは、その中に、全教派が流れ込み、新しい質のキリスト教を生み出す原点としての「無」かも知れない。色即是空・空即是色の転換点、また身心脱落・脱落身心の転換点としての「無」が、教派に対して関係している、という意味かも知れない。その意識は、無限包容雑居性の日本的意識とも触れ合うものがあるのかも知れない。
無教会が「教派」になることは、内村は望まなかったと思う。組合系の婦人宣教師との書簡「論争」の中でも、それはうかがえる。しかし、近世の、宗教改革後のキリスト教は、教派のあり方を是認しているし、その視点から見た時、無教会への誤解は生まれる。
ある牧師が、私に言った。「宗教改革後はカトリック教会も一つの教派になった」と。しかし、それはカトリック教会の自意識ではないと思う。無教会も、教派と見なされるであろうが、内村の意識の中では、教派を超えるものを目指していたのだと思う。その意味で、カトリック教会の意識とも触れ合うものがあるのだと思う。
内村は、若い時には、カトリックを評価していたが、晩年、弟子たちがカトリックへ転向していく現実を前にして、その若い時の思いを否定して、プロテスタントの徹底を叫んでいた。しかし、教派でないプロテスタントを、どう実現していくのか。
おそらく、既成教派の中に無教会シンパをつくり、その交わりの中で内村の洞察を、教会内に浸透していくのも、一つの道ではないだろうか。それは、プロテスタントからはじまった教会一致運動の中でも、ある役割りがあるのではないだろうか。
教会の前に「無」をつけるとは、西洋的キリスト教の感覚では、大胆極まりない発想であろうが、歴史的教会には問題があるのだという問題提起が、そのことによって常に行われている。そして、教会には問題、あるいは課題があるということは、別に新しい発見ではないであろう。

投稿: | 2008年7月27日 (日) 20時33分

内村は「第二の宗教改革」を語り、「初夢」(明治40年)を発表した。その自意識には、ルターの宗教改革に比較されうるような事業をしている直感があったのではないかと思う。ルターを継承し、ルターを超える。その思いが一貫している。

内村の問題提起と課題は、今もあり続けてている。だから、内村研究が続いているのだろう。

投稿: | 2008年7月29日 (火) 10時02分

内村には複眼的視線があった。しかし、弟子たちは、必ずしも、そうではなかった。特に塚本の場合は、そうではなかったか。単眼的視線で、無教会を捉えたのではないだろうか。内村には二つのJがあった。どこかで、楕円的信仰について語っていたと思う。恩寵と自然との弁証法的関係への洞察があった。恩寵のみで、それを単眼的に捉えたのではなかった。内村と塚本との分離の背景には、そんな信仰の質の違いがあったのではないだろうか。

無教会全国集会で、「無教会は無境界」という言葉を聞いたことがある。軽い気持ちで語られたのだろうか。しかし、教派主義を否定し、教派を超える立場は、ある意味では、全教派的、無境界的となるのではないだろうか。

そんな展望の中で、教派の原因を考えた時、それはルターの宗教改革にあるのかも知れないと思った。ルターは、信仰義認の立場と、使徒継承の信仰の関係を考え、結果的に、当時の事情から使徒継承の立場を捨ててしまった。そこから、「教派」が生まれたのではないだろうか。従って、教派の立場はプロテスタントの立場では是認されなければならない。それを「問題化」するのは、プロテスタントの立場ではないのではないだろうか。だから、それを問題にしていると考えた無教会は、どこかでプロテスタントの立場を超えているところがあるように思う。「プロテスタント主義の徹底」という言葉と共に。

投稿: | 2008年7月30日 (水) 14時16分

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