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2008年7月 9日 (水)

カルヴィニズム

「…在家宗教としてのカルヴィニズム…」(『カルヴィニズム概論』岡田稔著、小峯書店、60頁)

在家宗教というのは信徒集団という意味なのだろうけれど、カルヴィニズムには、そういう自意識があるのだろうか。ルターはカトリック教会の司祭であったが、カルビンは一人の信徒であった。カルビンと共に改革派の源流になったツヴィングリは司祭であった。

エキュメニズムというのは、教会協力の意味で使われているが、教会の壁は意識の中では厳然と残っているのである。しかし、目標は「一つの見える教会」である。プロテスタントとカトリックの間に、そのような目標は、どのようにして達成できるのだろうか。

第二バチカンで、信徒使徒職という言葉が出てきたが、それはこの教会の中でのこと。しかし、実は、プロテスタント運動そのものが、カルビンを考えれば、(カトリック教会内における)巨大な信徒運動ではなかったのだろうか。

そういう意識が芽生えなければ、キリスト教の明日は生まれないかも知れないと思う。

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