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2008年7月13日 (日)

自己認識と神認識

我は何 その問い抱き 尋ねゆく
神を尋ねる 旅路と知れり

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人生は謎に満ちている。我々はその解答を求めている。それは、とりもなおさず、神を求めるということである。

そのゴールが至福直観であろう。その時、神を完全に知るが、同時に我々自身も完全に知ることになるのだろう。

神を知るとは、我を知ることであり、我を知るとは、神を知ることを意味するのだろう。

だから、神学は人間学でなければならない。フォイエルバッハの指摘は全部が間違いということではない、と思う。

投稿: | 2008年7月15日 (火) 09時43分

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