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2008年7月 1日 (火)

エキュメニズム

公会も 無教会でも 課題指示
 未来につなぐ 実現の時

カトリック教会がその主張を通すには全教会のー致が必要だろう。その時は宗教改革も西方教会内のーつのエピソードになるだろう。日本プロテスタント史の最初にあった日本キリスト公会の究極の理想も無教会の最終的に目指すところも、その日に向けられているとも言えよう。いま、対話が進んで、その目指すところの実現の必要は共有されているのではないだろうか。

カトリック教会では、ことし6月28日から来年6月29日までを「パウロ年」とした。この教会には、「聖ペトロ・聖パウロの祭日」というものがある。この両使徒の祭日を「ローマ教会の誕生日」とも言っているらしい。ペトロは「見える教会」、パウロは「見えない教会」に関わりを持っているかも知れない。イエスの言葉がペテロの根拠であり、回心体験がパウロの根拠であるからだ。そして、この二人を分離させてはいけないのだろう。宗教改革後は分離させて考える傾向が強くなったが、そういう時代も、そろそろという思いがしている。しかし、そのために、プロテスタントの自由が犠牲になってはいけないとも思う。

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コメント

エピソード
改革も エピソードへと 新世紀
 課題分かれば 洞察もあり
 
改革とは宗教改革のことです。そこで、カトリック信徒は無教会的カトリック者、また無教会主義者はカトリック的無教会主義者へと少し舵取りをしていくと、その対話、接点の中から、何かが見えてくるかも知れません。それは、あるいは、ホミャーコフのいうソボルノスチ(霊的共同体)かも知れません。無教会的カトリック者とは、キリストの国はこの世の国ではないというキリスト自身の言葉にもかかわらず、カトリック教会は、この世の制度としてもあり、それをなくすことはできないという点を考えています。教会は、この世の国ではないけれど、見える限り、この世の国と、ある意味では連続的に見られる恐れがあるということです。 

投稿: | 2008年7月 2日 (水) 18時04分

「パウロ年」の意味は、プロテスタントとの対話なのかも知れない。少なくとも、そんな期待は当然出てくるのかも知れない。パウロ、アウグスチヌス、ルターの信仰の中でプロテスタントは生きているのだから。そう思うと、この1年、どんな展開があるのか分からないが、その対話に期待している。

投稿: | 2008年7月 4日 (金) 12時56分

プロテスタントの原点は、ルターの信仰義認の体験にあると言われる。しかし、アウグスチヌスの『神の国』の描く未来的洞察の中にも、古代から西洋の近世を遠く望見するものがあったのではないだろうか。二つの国の対立・相克による歴史形成は、西洋の近世・近代の実相ではないのだろうか。カトリック側では、特に、カール・アダムなどにおいては、その対立・相克の歴史を、一方の原理にのみ属するものとして、ある意味でバイアスのかかった見方をしているとは言えないだろうか。近世は神中心主義と人間中心主義との対立・相克の歴史であるとするならば、それを単に、人間中心主義に収斂させることは、プロテスタント側から異論が出てくるかも知れないと思う。
プロテスタントの引用するアウグスチヌスは、ペラギウス論争のおける彼が主であろうと思う。絶対他力信仰である。カトリックは、逆にドナティスト論争における彼に近い意識を持っているのかも知れない。秘蹟の客観的効力の重視である。しかし、アウグスチヌスは二人いるのではなくて、一人なのである。あるいは、『神の国』の執筆の前はカトリック的なもの、その執筆に関連して、プロテスタント的なものの意識が見られるのだろうか。『神の国』はローマ帝国の崩壊に際して、ある意味では、コルプス・クリスチアヌムの終焉に際して書かれたものであれば、中世の終り、近世の始まりに似た時代背景が、そこにあるのではないだろうか。
パウロとルターの間にいるのがアウグスチヌスである。この「パウロ年」においては、ぜひ、アウグスチヌス論を活発に展開してほしいものである。

投稿: | 2008年7月 4日 (金) 15時51分

カール・アダムは『カトリシズムの本質』で、16世紀の「教会よりの分離」が、17、8世紀の「キリストよりの分離」(理神論)になり、19世紀以来の「神よりの分離」(無神論)へと必然的論理を辿っていったと言っている。

私は、今でも、この個所を読んだ時の不思議な思いを、はっきり覚えている。このアダムの指摘は、宗教改革(神中心主義)が無神論(共産主義、人間中心主義)をもたらしたと読めるのだが、当時の私は、無神論を引き出したのは宗教改革ではなくしてルネッサンスであると考えていた。宗教改革は、むしろ無神論に対立するものであり、その責任を負うものでは、さらさらない、と思っていた。このような思いは、今でも、プロテスタントの人には多いのではないだろうか。従って、アダムの指摘は、私には謎として残ったのである。

それは中世至上主義かも知れないが、同時に、「古い中世に帰れ」と言われているような気もする。しかし、吉満らは、中世的原理の形而上学的永遠性に立って、新しい中世の形成を呼びかけたのではないだろうか。

投稿: | 2008年7月 4日 (金) 17時12分

「ハルナックは、宗教改革運動は、教理の面では改革であり、教会組織の面ではまさに革命であったと見ている。それは、宗教のもっとも深い本質において、字義通り立派な革命であった。ただわれわれは、この革命の真の教師が、ローマ教会最大の教師である、アウグスティヌス自身にほかならなかったことを主張するのである」(『キリスト教』岡田稔著、小峯書店、65頁)

投稿: | 2008年7月 4日 (金) 19時49分

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