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2008年7月 8日 (火)

中世

信仰と 理性の出会い  無視できず
  中世開く  必然の観

聖霊の  体験語れ  それ何か
哲学の的 東西にあり

東西とは、東は西田幾多郎、西はへーゲル。聖霊体験とは何か、それが哲学の関心事になってもいいのではないか。

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中世とは、西洋中世を考えていると言えば、必ずしもそうではない。信仰と理性との出会いと対話、その中で新しい時代が形成されていく、そんな原理を考えている。それは聖書の昔にまで遡るのである。使徒言行録の17章に、パウロがアテネで伝道する記事がある。「アレオパゴスの真ん中に立って言った」(22節)とある。その結果は、どうであったか。「死者の復活ということを聞くと、ある者はあざ笑い、ある者は、「それについては、いずれまた聞かせてもらうことにしよう」と言った。それでパウロはその場を立ち去った。しかし、彼について行って信仰に入った者も、何人かいた」(32-34節)。

おそらく、馬鹿にされたのだろう。復活と甦生は間違えられるかも知れないが、甦生ではない復活は人間には理解できないのであろう。

この印象があったのだろうか、パウロは、こうも言う。
「ユダヤ人はしるしを求め、ギリシア人は知恵を探しますが、わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、ユダヤ人であろうがギリシア人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです」(コリント第一・1・22-24節)

パウロは「その場を去った」ということから、ギリシャの立場(理性・哲学)を離れて、信仰のみの立場を取ったのだというのは、一つの「解釈」であろう。「異邦人には愚かなもの」は、捨て台詞のようにも思える。

しかし、別の解釈もありうる。それは、「いずれまた聞かせてもらうことにしよう」という言葉であり、パウロについて行き、信仰に入った人もいたという記述である。この信仰に入った人が、あるいは最初の「中世人」なのかも知れない。信仰を吟味する、言い表す、そういう作業は、いずれ始まらなくてはならないからである。

そう考えれば、中世精神を遡れば、このアレオパゴスでの、福音と哲学との出会いに至るのであろう。そして、そこで福音を聞いて信仰をもった何人かの人たちが、中世人の「原点」といえるかも知れない。

投稿: | 2008年7月 8日 (火) 17時02分

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