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2008年10月17日 (金)

ラーナーの先駆者

カール・ラーナーは「無名のキリスト者」という発想を、どこから得たのだろうか。その時、2世紀の弁証家、ユスティノスが主唱した「ロゴス・キリスト論」との類似を思う。

ここに「無名のキリスト者」の元型があるのではないだろうか。

第二バチカン公会議は、教会を包括主義へと大胆に舵取りした会議であったと思う。それ以前は排他主義であった。

1905年に、ローマ教皇ピオ10世により作成された『公教要理詳解』などを読むと、そう感じる。この本は、日本では、第二バチカン後の昭和49年に、財団法人精道教育促進協会から発行されている。

その第二バチカンの精神を端的に表しているように思われるのが、私にとってはラーナーの「無名のキリスト者」の着想である。そして、これは、多元主義まではいかない、包括主義的信仰理解と思う。これにより、プロテスタントや、他の諸宗教との関係も、それ以前とは劇的に変化することになった。

さて、その考え方は、第二バチカンで、またラーナーにおいて、突如、キリスト教会史に登場したのだろうか。

いや、そうではない。二世紀の活躍したユスティノスに、その考えの萌芽があると思う。彼の『第一弁明』(150年ころ)を読めば、あるいは、これが包括主義の原点かとも思う。

第二バチカン後を生きる教会が、ユスティノスに着目し、自己の歴史形成の原点を検証してもいいのではないだろうか。

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コメント

包括主義は、それぞれの宗教者の内心、信仰においては、それでもいいが、宗教協力の呼びかけの場合には、多元主義的になるのではないだろうか。第二バチカン後に盛んになった諸宗教協力の中には多元主義的解釈の方が強いかも知れない。そこでは包括主義もまた排他主義のカテゴリーに入れられてしまうのではないだろうか。こういう現状は、第二バチカンが意図したものではないにしても、その原因になったものとして、保守的信仰者の批判をもたらすかも知れない。

投稿: | 2008年10月18日 (土) 06時24分

「異端とカルトについて」というサイト(http://evangelical.zouri.jp/heresy.html)に、「エキュメニカル諸派の中に見られる異端」という項目があり、「包括主義」も、その中に入っています。そこには、包括主義はカール・ラーナーから始まる、という説明文がありました。しかし、二世紀の弁証家、ユスティノスにも、そういう主張はあったと思います。

また、包括主義を異端と断定していいのかどうか、異端とは何か、そういう問いがありうると思いますが、このようにレッテルを貼る姿勢では、そういう問いかけそのものが生まれないと思います。

投稿: | 2009年3月24日 (火) 15時50分

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