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2008年11月 3日 (月)

「吉満義彦を偲ぶ会」について

「吉満義彦を偲ぶ会」が毎年1回、10月、東京・四谷で行われている。昨年、ある雑誌への紹介の誘いがあったが、実現しなかった。しかし、原稿を書いてみた。この会の歴史を、どこかで残しておかないと、という思いもあった。

最近、この会の中で、読書会の提案がされている。今までなかったことで、これまでの参加者たちの怠慢かも知れない。これで新しい動き、発展があれば、喜ばしい。そこで、昨年書いたままにしておいた「歴史」を、ここに残しておきたいと思った。

◇ ◇

 (昨年)10月28日の日曜日、午後2時半から、東京・新宿区若葉のサレジオ会管区長館で、「吉満義彦を偲ぶ会」が行われ、12人が参加した。吉満義彦(1904~1945)は、戦前の著名なカトリック哲学者で、東大卒業後、岩下壮一神父の勧めにより、フランスに渡り、20世紀のトマス思想復興に尽力したジャック・マリタンに師事、帰国後は日本におけるカトリック思想の普及に貢献した。昭和17年の座談会「近代の超克」にも参加して、発言している。
 「偲ぶ会」では、最初に2階の聖堂でのミサがあり、司式者の金子賢之介神父(サレジオ会)は、吉満の遺徳を覚えて集まる人たちが今もいるという事実の重みを語った。
 そのあと、1階の会議室に移り、フランスのカトリック哲学者ジャック・マリタンの信仰思想の報告などがあった。発表者は、フランスで雑誌の発行などを通して、吉満義彦の紹介も含め、カトリック思想の研究・発表をしているジュヌビエーブ・リーさん。また、マリタンの妻ライサの著書(講談社学術文庫『あるカトリック女性思想家の回想録―大いなる友情』、『恩寵のうちなる冒険』ドン・ボスコ社)を翻訳した水波純子さんは、マリタン夫妻が影響を受けた作家レオン・ブロアを紹介した。
 会は予定時間を1時間以上も超えて、発表者への質問が続いた。
 この「吉満義彦を偲ぶ会」は吉満の死去した10月23日(1945年)に合わせて、毎年1回、主に10月に行われてきた。当初の主宰者は、当時の上智大学教授、垣花秀武氏を中心に、吉満義彦の親族の人たちであった。吉満をカトリック信仰に導いた岩下壮一神父の没後50年を覚えて、1989年12月3日、当時の上智会館(主に学生寮)で、「岩下神父を偲ぶ会」が行われたが、その時、既に、上智大学の構内で、吉満義彦を覚えての会が何回か行われていた。従って、もう約20年の歴史を持つことになる。
 89年の「岩下神父を偲ぶ会」では、垣花氏は岩下神父の「学統」について語ったが、その中に吉満義彦、小松茂神父、そして、今回、発表を行ったジュヌビエーブ・リーさんの名前もあった。その後、垣花氏は、港区・六本木の国際文化会館に「吉満義彦を偲ぶ会」の現在の常連メンバーを集めた。メンバーは講談社の吉満全集の編集に携わった人、弁護士志望の青年、大学教師、元新聞記者などであった。
 会は、最初、「岩下神父を偲ぶ会」同様、上智会館2階のアロイジオ聖堂でミサを捧げ、そのあと、歓談のひと時を持っていた。そのうち、常連メンバーの紹介で、吉満の業績を高く評価している金子神父に司式を依頼することになり、会場も上智会館からサレジオ会管区長館に移動した。会場移動後も、最初は垣花夫妻も毎回参加されていたが、垣花氏が病に倒れられてからは、常連4人だけの時もあり、参加者も少なくなった。それでも毎年1回の会は今も続いており、カトリック思想に関心を持つ人たち約10人が集まり、情報交換、学びのひと時を持っている。

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