« 胸像除幕式 | トップページ | 数独の今 »

2009年1月 5日 (月)

対話

歴史家、アーノルド・トインビーは、仏教とキリスト教との対話に関心があり、こう言ったという。

「今から一千年後の歴史家が、この二十世紀について書くようになれば、彼は民主的自由企業と共産主義政治に関する国内論争などには興味がなく、歴史家の心を掴むものは、史上初めてキリスト教と仏教が深く浸透し合ったとき何が起こったかという問題であろう」

これは、第二次世界大戦直後、トインビーが、米国のプリン・モア大学で連続講演を行い、その最後に語った言葉と言われる。(『東西宗教の出会い』本多正昭編、創言社、ⅰ頁)

トインビーの、この「預言」は有名らしく、諸宗教の対話の本には、よく引用されている。

|

« 胸像除幕式 | トップページ | 数独の今 »

コメント

キリスト教が仏教から学ぶものは何か。それは、実存の門から入れ、ということではないだろうか。もちろん、キリスト教は、そのことを知っているのであるけれど、この門から入らないところでの議論も盛んなのではないだろうか。

投稿: | 2009年1月 6日 (火) 11時17分

歴史的中世は、ギリシャ哲学とキリスト教との対話の中で形成されていったが、「新しき中世」とは、仏教とキリスト教との対話の中から形成されていくのではないだろうか。既に、端緒は現れている。しかし、それらの試みに、新しい文明の創造といった展望があるのだろうか。歴史的中世は仏教を知らなかった。だから、「新しき中世」の形成は、歴史的中世への復帰ではない。それらを参照しつつ、仏教との対話の中で、新しいキリスト教の質を形成していくのである。仏教と対話しているキリスト者に、こういう展望の是非について問いたいものである。

投稿: | 2009年1月 6日 (火) 12時49分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 胸像除幕式 | トップページ | 数独の今 »