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2009年2月27日 (金)

ストーカー

ストーカー 追っかけ 共によしとなす
 無限の神を 追いかけるべし

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「開成キリスト者」

「開成キリスト者」というホームページを作っていましたが、今日、閉鎖しました。数人が、このホームページを見て、関心を持たれたようで、『開成とキリスト教』という自費出版の本を贈呈しました。この類書はないと思います。国会図書館にも1冊、あります。

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2009年2月25日 (水)

歴史の形成

我々は過去の人々を見ている。
しかし、過去の人々は我々を知らない。

我々もまた、未来の人々に見られるのではないだろうか。その人々を、我々は知らないのだけれども。

過去が現在の中に流れていき、それが未来を形成する。それが歴史というものではないだろうか。

であれば、過去を知らない人に歴史を形成する力はない。過去からバトンを受け取らなかった人に、未来を期待することはできない。

過去からのバトンのどれを選択するかは、その人に委ねられている。そのバトンに、できたら確信を持ちたい。それに満足したい。

我々が、そのバトンを明らかにしていくなら、それを受け継ぐ人も、やがて現れてくるだろう。

生と死、今、世界の人たちが関心を寄せている。バトンは、それに関係したものでなければならない。

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2009年2月24日 (火)

新しき中世

「新しき中世」とは何か。それは、無教会とカトリックとの絶対矛盾的自己同一の確認と追求である、とも言えるかも知れない。その時の無教会は、塚本虎二や婦人宣教師パーメリーなどが理解するものではなくて、内村鑑三の理解していた無教会である。そして、カトリックは、第一バチカンではなくて、第二バチカンを考えている。対話は可能だと思う。その対話の中で、新しい時代が生まれるのではないだろうか。それは内村の初夢の実現であるかも知れない。

無教会がプロテスタントの徹底であり、第二の宗教改革であれば、その対話の成果は、プロテスタント教会にも影響があろう。エキュメニズムは、この道で実現するのではないだろうか。

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2009年2月22日 (日)

破産

汝(なれ)は今 破産の崖に 立ちおるを
 えへらえへらと 踊る眼(まなこ)よ

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理性の定義

理性とは  対話能力  新定義
更に深めよ  諸宗教間

限界の  かなたの力  支え受け
普通に耐えよ 急がば回れ

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魂の潤(うるお)い

外見に 輝きあれど 魂に
 潤いなきは 近代の弊

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混在

悪人も 善人もいる この世見て
 落差激しく めまいを感ず

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2009年2月18日 (水)

雨とダム

空から降る雨は
万物に生気を与える
   
その雨がダムに溜まり
人々の命を支える
   
両方とも人を生かす
天の恵み
   
ダムは雨を独占していない
雨はダムに落ちることを拒否しない
   
自然と人工とが、そこでは
和解している
   
もちろん、ダムには汚れがつきものだが
その水は人の渇きを癒すには十分だ

 注・雨は神の恵み、ダムは教会

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太陽を射よ

東海の 小島の子らに 我は告ぐ
 サングラスして 太陽を射よ

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賀川豊彦の宗教

賀川豊彦は仏教徒だった時があったのだろうか。なぜ、こんな問いをするかと言えば、こんな記述があるからである。

「…日本人で仏教からキリスト教に改宗した賀川豊彦…」(『東洋思想とカトリック神学』マウルス・ハインリッヒス著、福田勤訳、サンパウロ、83頁)

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2009年2月16日 (月)

志の探究

かつて、キリスト教の新聞の編集をしていたことがあった。この新聞は、もう一つの福音派系の新聞よりも歴史が古く、私が自宅の近くにあった教会に出入りするようになった昭和36年のころには全国に知られていた。ノーベル賞の候補者にも名前のあがった著名な創立者が逝去したのは、その前年であったから、新聞には大いなる志がみなぎっていたと思う。創立者に協力した新聞経営の中心人物も著名な人であり、大いなる志では、創立者に負けないくらいであった。

私が教会に行くと、老婦人が、驚きの表情をして、この新聞に書かれていた原始福音の記事(癒やし関係の内容があったのかも知れない)を皆に伝えていた。それが、この新聞の存在を知った最初であった。

やがて、私は、この新聞の編集にたずさわるようになった。大学紛争が終わり、静かなキャンパスが戻ってきたが、キリスト教主義大学や神学校にも、そして教会の中にも対立感情が強く残り、心の修復はこれからという時であった。そんな現場の中で、どんな編集をしたらいいのか、私は迷った。

先輩記者が言った。「戦後、間もなく、教会がばらばらになり、互いに情報交換する機会がなかった。そんな時、教会が相互に知り合うため、新聞を出すという思いがあったようだ」

また、こうも言った。「新聞を見て、教界の現在の動きが分かればいい。それが新聞の使命だと思う」

私が入社した時、教会はいろいろな対立の中に置かれていて、どういうふうに取材したらいいのか、迷った。対立の一方に立てば、他方との関係は悪くなるし、その逆も言える。しかし、記者の使命は、両方を取材しなくてはならない。そういう立場に、志はあるのだろうか。そして、志がなくて、自由業ともいえるような記者稼業は成り立つのだろうか。

私は、取材という名目の中で、対立する両者の間を歩いていたが、今、教界を見て、新しく、志の必要を感じている。

「クリスチャントゥデイ」というインターネットでのキリスト教新聞があり、誰でも、自宅のパソコンでその記事を読むことが出来る。それは週刊ではなくて、日刊であり、内容も豊富である。

今、その会社の背景にあるものが何か、ということで、裁判があり、そのため寄稿者には敬遠する人もいるが、この記事を読んでいて、背景にあると思われているものとの関係を感じる人がいるだろうか。私は、「キリスト教インターネット新聞」としてはよく出来ていると感心している。そして、一次情報が、こういう形で、ふんだんに提供されている時、従来の週刊の紙によるキリスト教の新聞は影響を受けないだろうか、と思う。

「クリスチャントゥデイ」の存在は、裁判という形では知られてはいるが、「インターネット新聞」という形での取り上げ方はされていないように思う。

かつて、教界の有志は、ニューメディアという言葉に反応した。キャプテンシステムという試みにも、関心がもたれた。そういう意識があれば、当然、インターネット新聞は大いに取り上げられなければならないのではないだろうか。そういう意識がないとしたら、どのように明日の日本の教界を構想していけるのだろうか。

再び、出版の原点である「志」の必要を思う。志をたずね、志を明確にしていく、その中で、現在なすべきことが、新しく見えてくるのではないだろうか。一次情報を、どう解釈したらいいのだろうか。その解釈こそ、問われなければならない時なのではないだろうか。

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2009年2月15日 (日)

福音派

中公新書ラクレ『アメリカの宗教右派』(飯山雅史著)を読んだ。ファンダメンタリズムは、かつては根本主義と訳されていたが、この本では一貫して、原理主義と言い換えている。イスラム原理主義から、「原理主義」という名前が一般によく使われるようになったが、それ以前、米国のキリスト教のプロテスタントの中の一つの流れに命名されていた名前であった。

原理主義と福音派との関係は、どうなのか。この本では、随所に、その課題に答えていて、私も、この本のように考えてきた。

しかし、その違いについて、こう書かれていた個所には、少し疑問も残った。

「しかし、福音派は原理主義派とは違う。前千年王国説をとる原理主義派は、人間がいかに努力しても、キリストによる救済までは世界は救われないと考え、政治や社会から背を向けてきた集団である。これに対して、福音派はこうした悲観主義ではなく、社会と積極的に関わっていくことを選択した人たちだ、キリストの救済があるまでに、人間は努力して社会を良くしていかなくてはならないし、その努力は報われるという積極主義と楽観主義がその根底にある」(223頁)

私は、福音派も前千年王国説を採用しているように思ってきた。そして、後千年王国説を採用するのは、むしろリベラルな人たちのように思ってきた。そこが、一つ、ひっかかっていた。

前千年王国説を採用する人たちは伝道・宣教に邁進し、後千年王国説を採用する人たちは、社会改良・改革に取り組むという図式があるのかも知れないが、そこまで図式化する必要があるのだろうか。賀川豊彦など、どちらに入るのだろうか。

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「新しき中世」実行委員

必然の 未来社会を 望み見て
 今何為すべきか 一人なりとも

先達は 内村、賀川 その思い
 預言者がいた この日本にも

「新しき中世」実行委員とは、半分冗談、半分本気です。半分本気の中には、共産主義社会の到来を、共産主義者が信じているような意識があります。それが千年王国かと言われれば、千年王国は、聖霊降臨で来たのではないかという思いが、どこかにあるため、「そうだ」とは言えないでいます。

「千年王国は、聖霊降臨で来た」というのは、少し説明が必要でしょう。千年王国は、ヨハネ黙示録20章に出てきます。「彼らは生き返って、キリストと共に千年の間統治した」(4節)とあり、それを指しています。そこで千年王国といいます。

では、それはいつのことなのでしょうか。過去のことでしょうか、それとも未来のことでしょうか。

だいたい、未来のことと考えているのかと思います。しかし、過去のことと考えることも出来ます。フランシスコ会の新約聖書では、注があり、「一千年間、統治するということは、地上における神の国に適用して、ローマの大迫害の終わりの時から、この世の終りにおけるキリストの再臨の時までの期間を指すものであろう」(963頁)とあります。そうすると、千年王国は、聖霊降臨で来たのではなくて、ローマ帝国でのキリスト教の公認、国教化のあたりから始まったという解釈なのだろうと思います。

黙示録では、千年王国の前に、殉教者の復活が記されています。それは「殉教者の復活は、ローマ時代の大迫害の後、教会が自由となり、新生することを象徴するものである」と、フランシスコ会の新約聖書では、注をつけています(963頁)。

いわゆるコンスタンティヌス体制が千年王国なのだという解釈でしょうか。そうすると、第二バチカンを、その体制の終焉と見れば、そこで千年王国は終わったという解釈になりますでしょう。であれば、千年王国は過去のことになります。あとは、キリストの再臨を待つのみ、ということになるでしょうか。

そういう意味では、「千年王国は、聖霊降臨で来た」というのは間違いということになります。まあ、舌足らずということです。しかし、千年王国が「神、共にいます」という現実を指すとすれば、それは聖霊降臨で始まったということになると思います。聖霊降臨がなければ千年王国はないと思います。

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ねじれ国会

政権の 交代可能 米を見て
 小選挙区の 実施はるかに

二院制 ねじれ国会 予想外
 米を見習え 掛け声倒れ

米は米国です。日本の二院制が、小選挙区の実施における狙いを阻害しているのではないかと思います。米国は、二院があっても、大統領選挙で、一人が選ばれるため、ねじれ国会はないのだと思います。「はるかに」は、未来にではなく、過去にはるかにです。

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2009年2月13日 (金)

解けない時

数独の難問に挑戦している時、行き詰ることがあります。それは、これ以上、通常の仕方では消去できないという意味です。そんな時、どうしたらいいのでしょうか。

何か、そのままでは、気分が悪いのです。そこで、血眼になって、何度も通常の検証作業を継続するのですが、結果は変わりません。そんな時、どのようにして終わればいいのでしょうか。

最小のマスに入る数字について、最後は確定数字、その前の二つの数字を予約数字、それ以上の場合を予想数字と、私は言っていますが、その場合、予約数字だけにすることは可能かと思います。それでひとまず、終わりです。

そのあとは、解答を見て、そこから一つの予約数字を確定数字に変えて、全部、作業を終えます。その作業は簡単に出来ます。そして、もう一度、解答と見比べて、全部、合っていれば、それでいいし、そうでなければ、合っている数字だけを残して、再度、挑戦していくのです。

こうすると、難問に出合って、解けないという「心のしこり」がなくなります。

難問に出合った場合、解けない時、どうするか、それをあらかじめ、考えておいた方がいいかも知れません。

解けない問題を、そのままにしておくと、解けた場合の達成感、爽快感とは逆の、マイナス感情が残るかも知れないからです。

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2009年2月11日 (水)

総告解

死の前の 総告解に 人生の
 老いの課題を 思いつつ生く

トマスは、死の前に、総告解をしたそうです。それは1時間もかからなかったのではないでしょうか。しかし、1年、いや数年、いや、老年期の課題として、あるいは還暦後の課題として、総告解を考えてもいいのではないでしょうか。

高齢者が多くなる社会で、高齢者の生きがい、役割りは何かが、問われているような気がします。

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2009年2月 9日 (月)

神の国

「…イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた」(マルコ1・14-15)

ここに、「神の国」いう言葉が出てくる。それは、どういう意味なのだろうか。近づいたというのだから、まだ来ていないのだろう。イエスのなさったことが福音書に書かれている。そのことを意味するのだろうか。そうかも知れない。しかし、そうであれば、それは既に過去のものである。今、それは、どういうふうに、我々に関わってくるのだろうか。

聖霊降臨の出来事が、あのペンテコステの時以来、今日に至るまで、続いている。そのことを通して、我々は、「神の国」を知ることが出来る。

「神の国」が、人類の最終的なあり方を指すのであれば、それはキリストの再臨後なのだろう。しかし、再臨信仰は、あのペンテコステ体験を経て、初めて真剣なものになると思う。

「神の国」は、ペンテコステ、そして再臨を指している。ペンテコステは過去のこと、再臨は、これからのこと。そして、ペンテコステの体験は今も続いている。だから、この根拠の上に立って、我々は、今でも、イエスと同じように、「神の国は近づいた」と言えるのではないだろうか。なぜなら、まだペンテコステの体験を知らない人たちがいるのだから。

「神の国は近づいた」は、その意味で、古典的な言葉であり、すたれることはない。

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古典

古典について反復可能性の観点から考えてみたら面白いと思う。

古典の古には「古い」という感じが伴うかも知れない。それは過去に結びつく。確かに、その一面はある。

しかし、古典は、時に関連して考えれば、過去に属すると同時に、現在にも未来にも属すものでなければならない。それが古典の本質であろうと思う。従って、古典は反復できるものでなければならない。いや、反復しなければならないものである。

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耳の話

■その1

秀吉によって逮捕された
二十六人のキリシタンたち

長崎に連行される時、
耳を切られたという

諏訪大社での御頭祭で
犠牲の鹿の耳が切られるという

耳切り
はて、どんな意味だろう

1597年(慶長2)、秀吉の命令でキリシタンの26人が長崎で処刑されました。最初、捕らえられたのは24人で、その時、秀吉は「見せしめに耳と鼻を削ぎ、町々を引き回せ」と命じます。

残酷なことをするものだと思いました。「耳と鼻を削ぐ」とは、どういうことなのか、また、なぜなのか、と思いました。

しかし、実際は、1597年1月3日、京都の上京一条の辻で、左耳たぶだけを切られたのだということです。これは、サン・フェリペ号のランデチョ船長からの懇願があり、石田三成が、左耳たぶだけを切るように命じたということです。(『旅する長崎学 3』長崎文献社、4頁)

遠藤周作氏は中公文庫『切支丹の里』で、「彼等は1597年、慶長2年に京都の辻で左の耳を少し切り取られた後、…」(17頁)と書いています。

三成は、よいことをしたと思います。

■その2

ピアスが普通の風景になっている日本だが
人は、なぜ、ピアスをするのだろうか
   
そこには自虐趣味の快感が走るのだろうか
それとも、もっと深い意味があるのだろうか
   
その昔、モーセが十戒を民に告げた時
奴隷解放の規定もあった
   
「ヘブライ人の奴隷を買った時、6年間、労働させることができる
しかし、7年目には無償で解放せよ」
   
しかし、中には、解放を望まぬ奴隷もいた
「私は自由の身になる意志はありません」

その時、奴隷の主人は、彼の耳を錐で刺し通し
生涯の奴隷としたという(出エジプト21章)
   
ここにピアスの原点があったかどうかは知らないが
あの時、ピアスは奴隷のしるしであったのだ
   
しかし、奴隷もよき主人にめぐり合えば
一生、幸福でいられるだろう

■その3

NHKのラジオ深夜便で、深夜便の歌が流れている。もう2年前になるが、2007年3月のころ、「恋 はるか」が流れていた。本当にいい歌だ。その3番に、ピアスという言葉が出てくる。秋の歌で、別れを歌っている。あなたの真実が見えなくなった。それをピアスを探すという動作の中で表している。ピアスは、その人の真実の心を意味しているのだろうか。旧約聖書の、あの「誓い」を思い出す。

「恋 はるか」には、春夏秋冬があり、春が出会い、夏が新婚生活、秋が別れ、冬が再会となっている。再会は、新しい希望につないでいるのかも知れない。しかし、別れが何か悲痛である。

『ラジオ深夜便』2007年4月号には、作詞者の喜多條忠(きたじょう・まこと)氏のエッセー「『神田川』から『恋 はるか』まで」が載っている。そこに「離婚も経験した」と書かれていた。この詞は、ご自分の人生とだぶっているのかも知れない、とも思った。

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派遣切り

派遣切り 契約はある 違法なし
 経営者にも 言い分はある

自らに 非はなくなどて かくのごと
 痛み訴え 支援頼みて

物社会 激震走る 世界中
 貧の豊かさ 開眼なるか

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2009年2月 8日 (日)

自灯明・法灯明

自灯明・法灯明とは、涅槃経にあるもので、釈迦入滅の時の最後の教えだという。

「よく整えられた自らを拠りどころとし、正しい教えを拠りどころとすること」だという。

最近、何か気にかかる言葉である。

この二つには、あるいは矛盾があるのではないだろうか。法は客観、自は主観であれば、この二つは違う。しかし、法一元でもなく、自一元でもない、そこに深い意味があるような気がする。

この二つの絶対矛盾的自己同一の一を見た時、そこに真理があるのではないだろうか。

客観は大切である。しかし、主観も大切である。

真理は客観でなくてはならない。しかし、自らに実現する真理は、その限りでは主観的でもある。

救いにおいては、真理は外にある客観であるとすれば、聖化においては、真理は内にある主観的なものかも知れない。

その時の主観は、その人に固有な真理という意味である。その真理を見いだして、その反復が大切かも知れない。

洗礼を受けたキリスト者がすぐに教会を離れるといわれている。しかし、新生したキリスト者は、聖化の道を歩む以外に道がない。聖化の道を歩むとは、どういうことか、それがもっと解明されなければならない。

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2009年2月 4日 (水)

行き詰まり

数独で、行き詰ることがある。最小マスの中に、予約数字が二つずつ入り、それらを、タテ・ヨコ・3×3の三つのジャンルで、検証しても、消去できない場合がある。

この場合は、完全にお手上げで、予約数字のどれか一つを確定数字にして、試しにやってみる以外にはないように思われる。

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2009年2月 3日 (火)

美しい国

日の本は 全地に暖を 与えんと
 旗にて示す その使命あり

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ゼロの発見

王位を奪われた王でなければ、誰が王位にいないことを悲しむであろうか。パスカルが、そんなことを言ったという。

人の悲しみというものは、何かを失うことで起きるものらしい。10持っている人が5に減ったとしたら、その人は悲しみ、自分は不幸と考えるだろう。10を基準に考えるからだ。しかし、ゼロを基準にして考えれば、5も持っているのである。どうして不幸なのだろうか。

であれば、自分は元来ゼロなのだという基準を持っていれば、その人に不幸はないのである。空とか無の自覚を求める仏教は、実は発想の転換によって、すべてを幸福に見させてくれる。空・無の自覚の中から空即是色の風景が生まれる。それはそれは実り豊かな風景ではないだろうか。

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動機検証

東大合格者たちの五月病、定年を迎える人々の意識などを調べれば、生きるためには、あるいはよく生きるためには動機が大切なのだと思う。スポーツでも、モチベーションを与えれば、よい結果を期待できる、と、よく言う。

生きるということは、たった一回の人生を何かに捧げることを意味する。であれば、慎重にならざるを得ない。臨終の床で、これでよかった、といえるような人生でなければならない。そのためには、よい動機を探さねばならない。

恐らく、この過程が一番大変なのだと思う。動機が決定すれば、あとは一本道である。

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2009年2月 2日 (月)

生と死

人は生きることを考える
しかし、死ぬことも考えよう
   
歳をとれば
死ぬ準備をしなければならない
 
そんな準備をしないで
ポックリ死ぬのは不幸ではないか

その方が楽という反論もあろうが
死後があれば、後の祭りだ
   
病院は病人をもう一度生かすためにあるが、
ホスピスは、再びこの世に生かすための施設ではない
   
いかに生きるかの裏返しが
いかに死ぬかである
   
病院の思想だけでなくて、
ホスピスの思想が広がっていって欲しい
   
死を目の前において
私は何をしたらいいのだろうか
   
その時、いつのまにか、
生きることの質が高まっていくだろう
   
生きることだけしか考えないのは
浅薄な人たちではないだろうか

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かたつむり

かたつむり 顕微鏡さえ 持てたなら
 退屈せずに 生を燃焼

ケーベル先生は、東大退官後の生活を蝸牛(かたつむり)生活と言われた。しかし、その時期の作品によって、われわれは、ケーベル先生の思想の一端に触れることができる。だから、本人の、あるいは自嘲気味に言われたのであろうか、「かたつむり生活」も、我々を益しているのである。

かたつむりの生活は、さぞ、退屈であろうと思う。しかし、神が共におられるのであれば、あの病的な、恐ろしい孤独からは解放されている。感謝である。そして、もう一つ、顕微鏡があれば、あるいは、熱中できる道具があれば、もう言うことなしではないだろうか。

人生とは、このような熱中できる道具があれば、最高であろう。なければ探せばよい。「求めよ、さらば与えられん」(マタイ7・7)

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2009年2月 1日 (日)

皇居前広場

敗戦時、皇居前広場で土下座しつつ、皇居を仰ぐ人の姿をテレビで何度も見た。3次元の現実世界に絶対者がいることの幸福と不幸を、日本人は徹底的に経験したのかも知れない。「神州不滅の日本が戦争に負けるわけがない」という信念を持てる人の幸福感、そして現実を知った時の驚きと不幸。
戦争中、そして戦前は、自分の外に絶対倫理があった。そんな空気が日本に蔓延していたように思う。その空気に感染して、幼年期の自分の意識の中にも、そんなものがあったように思う。
しかし、戦後、そんな外的規範はなくなった。自由、開放の時がきたものの、その中で生き方が分からなくなった。日本の伝統の再興は共感されやすいだろうが、あの敗戦の不幸はぜひとも避けたい。しかし、どこかで、日本文化も世界性とか普遍性とかを考えないといけないとも思う。

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