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2009年2月15日 (日)

福音派

中公新書ラクレ『アメリカの宗教右派』(飯山雅史著)を読んだ。ファンダメンタリズムは、かつては根本主義と訳されていたが、この本では一貫して、原理主義と言い換えている。イスラム原理主義から、「原理主義」という名前が一般によく使われるようになったが、それ以前、米国のキリスト教のプロテスタントの中の一つの流れに命名されていた名前であった。

原理主義と福音派との関係は、どうなのか。この本では、随所に、その課題に答えていて、私も、この本のように考えてきた。

しかし、その違いについて、こう書かれていた個所には、少し疑問も残った。

「しかし、福音派は原理主義派とは違う。前千年王国説をとる原理主義派は、人間がいかに努力しても、キリストによる救済までは世界は救われないと考え、政治や社会から背を向けてきた集団である。これに対して、福音派はこうした悲観主義ではなく、社会と積極的に関わっていくことを選択した人たちだ、キリストの救済があるまでに、人間は努力して社会を良くしていかなくてはならないし、その努力は報われるという積極主義と楽観主義がその根底にある」(223頁)

私は、福音派も前千年王国説を採用しているように思ってきた。そして、後千年王国説を採用するのは、むしろリベラルな人たちのように思ってきた。そこが、一つ、ひっかかっていた。

前千年王国説を採用する人たちは伝道・宣教に邁進し、後千年王国説を採用する人たちは、社会改良・改革に取り組むという図式があるのかも知れないが、そこまで図式化する必要があるのだろうか。賀川豊彦など、どちらに入るのだろうか。

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