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2009年2月 9日 (月)

耳の話

■その1

秀吉によって逮捕された
二十六人のキリシタンたち

長崎に連行される時、
耳を切られたという

諏訪大社での御頭祭で
犠牲の鹿の耳が切られるという

耳切り
はて、どんな意味だろう

1597年(慶長2)、秀吉の命令でキリシタンの26人が長崎で処刑されました。最初、捕らえられたのは24人で、その時、秀吉は「見せしめに耳と鼻を削ぎ、町々を引き回せ」と命じます。

残酷なことをするものだと思いました。「耳と鼻を削ぐ」とは、どういうことなのか、また、なぜなのか、と思いました。

しかし、実際は、1597年1月3日、京都の上京一条の辻で、左耳たぶだけを切られたのだということです。これは、サン・フェリペ号のランデチョ船長からの懇願があり、石田三成が、左耳たぶだけを切るように命じたということです。(『旅する長崎学 3』長崎文献社、4頁)

遠藤周作氏は中公文庫『切支丹の里』で、「彼等は1597年、慶長2年に京都の辻で左の耳を少し切り取られた後、…」(17頁)と書いています。

三成は、よいことをしたと思います。

■その2

ピアスが普通の風景になっている日本だが
人は、なぜ、ピアスをするのだろうか
   
そこには自虐趣味の快感が走るのだろうか
それとも、もっと深い意味があるのだろうか
   
その昔、モーセが十戒を民に告げた時
奴隷解放の規定もあった
   
「ヘブライ人の奴隷を買った時、6年間、労働させることができる
しかし、7年目には無償で解放せよ」
   
しかし、中には、解放を望まぬ奴隷もいた
「私は自由の身になる意志はありません」

その時、奴隷の主人は、彼の耳を錐で刺し通し
生涯の奴隷としたという(出エジプト21章)
   
ここにピアスの原点があったかどうかは知らないが
あの時、ピアスは奴隷のしるしであったのだ
   
しかし、奴隷もよき主人にめぐり合えば
一生、幸福でいられるだろう

■その3

NHKのラジオ深夜便で、深夜便の歌が流れている。もう2年前になるが、2007年3月のころ、「恋 はるか」が流れていた。本当にいい歌だ。その3番に、ピアスという言葉が出てくる。秋の歌で、別れを歌っている。あなたの真実が見えなくなった。それをピアスを探すという動作の中で表している。ピアスは、その人の真実の心を意味しているのだろうか。旧約聖書の、あの「誓い」を思い出す。

「恋 はるか」には、春夏秋冬があり、春が出会い、夏が新婚生活、秋が別れ、冬が再会となっている。再会は、新しい希望につないでいるのかも知れない。しかし、別れが何か悲痛である。

『ラジオ深夜便』2007年4月号には、作詞者の喜多條忠(きたじょう・まこと)氏のエッセー「『神田川』から『恋 はるか』まで」が載っている。そこに「離婚も経験した」と書かれていた。この詞は、ご自分の人生とだぶっているのかも知れない、とも思った。

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