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2009年3月 2日 (月)

自殺を考える

自殺者は、絶望者なのだろうか。そうではない。自殺者は確かに失望者ではあろう。そして、失望と絶望を取り違えたのである。だから、自殺しようとする人に対しては、別の希望を知らせることで、自殺を思いとどまらせることができる。これが自殺予防カウンセリングの意味なのであろう。しかし、その希望も、ニヒリズムを克服できるものではない。ニヒリズムは絶望に人を連れて行く。この絶望に、どう対処したらいいのだろうか。

人は絶望を生きることはできない。人は失望しても生きることはできる。それは他の希望に心を寄せればよいからだ。失望はすべての希望を失う絶望ではない。人は希望において生きるものであれば、絶望において生きることはできない。絶望において、なお存在しているためには、ただ、生まれ変わること、それ以外に方法がない。存在としては続いているが、別の存在なのだ。いや、同一存在でもある。これを何と言おうか。

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