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2009年3月 4日 (水)

これからの宗教評論

ひろさちや、という名前の宗教評論家がいる。ご自身は仏教徒なのだが、広く、キリスト教やイスラム教などについても語っている。自分の立場は、どうしても一つの宗教の一つの宗派になるだろうが、これからは一つの宗教・宗派にとらわれず、幅広く論じる宗教評論家が必要となるのではないだろうか。残念ながら、キリスト教界で、そのように自由に評論できる人はいないのではないだろうか。あるいは、イエズス会の神父さんの中にいるかも知れないが、あるいは専門的になりすぎているかも知れない。カトリックの諸宗教対話は精力的だが、その成果を、分かりやすく、一般に紹介していける人が出る必要があるだろう。
多くの宗派・教派が、われわれの周囲にある。それらの一つに話を限定すると、堅苦しくなるし、論敵に共感を覚える時など、その共感を語ることができなくなる。
複眼的に、宗派・教派を自由に語った方が、聞く人の心に素直に入っていくような気がする。教派を渡り歩くことは、自分のアイデンティティの危機につながるのだが、どの教派も魅力があるし、その中での選択にはためらいを覚える時があるかも知れない。日蓮の、他宗派批判の有名な標語についても、あるいは解釈の余地があるのではないだろうか。直解主義的な解釈ばかりではないと思う。

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