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2009年3月17日 (火)

法華経

日蓮の言葉として知られるものに、「真言亡国、……」といったものがある。これなど、排他主義の典型のように思える。もし、原理主義的に、この言葉を解釈したら、対話などなりたたないであろう。真言は空海、律は、少し分からないが、禅は道元、念仏は親鸞と、それらの偉大な日本の仏教者を批判の対象にするとしたら、なかなか共感が得られないのではないかと、思われる。しかし、法華経には、方便という考え方もある。これは、排他主義ではなくて、包括主義的考え方とも言えると思う。そして、この考え方ならば、対話は可能であろう。

日蓮というと、上の言葉から、排他主義的な仏教者にように思われるかも知れないが、彼が信奉した法華経の中にある「方便」の考え方を採用すれば、排他主義的姿勢以外の対外的アプローチも可能なのではないかと思われる。

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コメント

四箇格言(「しかかくげん」、「しこのかくげん」)と言うものが、それに当るようです。

「真言亡国、禅天魔、念仏無間、律国賊」というもので、日蓮の残した文にも、そういう考え方があるようです。そして、創価学会の排他性も、日蓮のこの考え方とつながっているようです。

しかし、今も、そうなのでしょうか。折伏に走っていた以前ほどではないようにも思われますが。

投稿: | 2009年3月18日 (水) 20時58分

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