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2009年3月27日 (金)

自己実現

人生の目的は自己実現である。これが唯一の目的である。そして、これは必ず達成できるゴールである。しかし、そのためには道の選択が不可欠である。

人間の構成を質料と形相に分けて考えてみる。質料は粘土のようなものである。そして形相は、その粘土で作られる形のようなものである。

人生は、その形を作っていく過程であろう。しかし、そのためには、粘土の質が問われる。水分を含んだ粘土でなければ、形は容易に崩れてしまう。そこに、原罪の問題が横たわっている。

原罪の問題の解決というものは、この粘土に湿り気を与えるようなものだ。これによって、神との交わりが回復する。しかし、それで人生の目的が達成されたわけではない。もちろん、これで達成されたという思いが生まれることを否定はしない。だから、「救われた」という言葉が出てくるのであろう。

粘土は、それによって、ある形を作らなければならない。その形の実現が自己実現である。その形が何であるか、それは、日々、尋ねていかなくてはならないかも知れない。しかし、その形の実現は、宇宙の意志であれば、必ず成るのである。

その時、既に、自己実現している先人たちとの関係に入ることが肝要である。一人の自己実現は、それは、その人一人だけの問題ではない。自己実現は、先に自己実現した人たちとの関係、縁の働きによって成るものであり、それはまた同じように、他者の自己実現を生み出す力を持っているからである。

こうして、宇宙は完成されていく。自分の自己実現は宇宙の完成と無関係ではない。であれば、自分における最高の善は、自己実現であると言えるのではないかと思う。

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