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2009年5月 6日 (水)

生きる意味

生きる意味 問わない人も いるもんだ
 やがては消える その時知らず
 
それもまた 幸せなのか かも知れぬ
 うつにはならず 幸か不幸か
 
天使は、生きる意味を問うことはないと思います。だから、生きる意味を問わない存在は、あるいは天使のように幸せな存在かも知れません。

生きる意味を問うことは、不幸の意識があるからだと思います。そして、その不幸を克服しようという意志の表れなのでしょう。だから、生きる意味を問わない生き方は、天使的存在とは別に、自分の不幸を知らないという意味であり、それはまたそれで不幸なのかも知れません。

イエスの嘆きは、ここにあったのかも知れません。救いの道はある、備えられている。しかし、人は、自分の「不幸」を知らず、従って、その克服の意志も持たない。そういう人たちを前にして、イエスは嘆かれたのではないでしょうか。

恐らく、どうしようもないのでしょう。

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