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2009年5月 8日 (金)

例え話

断絶と 連続共に 言わんため
 存在類比 西田も指摘

イエスの例え話は、中世の存在の類比や西田幾多郎の絶対矛盾的自己同一と同じ真理の表現のように思われる。

例え話とは、直接性と間接性との統合なのかも知れない。言わねばならぬことを、そのまま言うことは難しい時、間接的に言う道がある。それが例え話なのかも知れない。表現とは、その意味では、例え話なのかも知れない。動機は、もちろん、直接性にある。それを如何に言うか、その方法も、内容と共に考えなければならない。間接性を度外視して語る時、自分も相手も、動けなくなってしまうかも知れない。福音を語って、拒否された時、自分の人格を否定されたように感じるという人もいる。間接性で、少しクッションを作った方がいいのかも知れない。自分のためにも、また相手のためにも。

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