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2009年6月17日 (水)

歴史の終わり

原罪が 智恵の始めと 哲学者
 救われるとは 歴史の終わり

この哲学者とは、カントであり、出隆です。「啓蒙とは何か」「哲学以前」の中で、原罪に触れていました。それが智恵の始めであれば、人類の歴史は原罪から始まったと言えるかも知れません。そして、原罪の処理を意味する救いは、ある意味では、そんな人類の歴史の終焉を意味するのではないでしょうか。
その救いは楽園への回帰であるとすれば、楽の一面はあるかも知れませんが、人類の苦難の経験の記憶、事実の消滅ではないと思います。
啓蒙とは、楽園回帰よりも、智恵の獲得に関連づけられている考えと思いますが、その目的を考えた時、やはり、神の要請に導かれているのだと思います。
救いとは、やはり何かの終わりなのでしょう。宣教とは、この終わりの宣言なのかも知れません。であれば、現代は2000年前と同様に、終わりの時代なのかもしれません。

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コメント

日本の歴史を、イエスの生年を元にした(誤差がある)西暦で見た時、日本の歴史は始まった時に、既に「歴史」は終わりの時になっていた、ということになる。

投稿: | 2009年6月18日 (木) 06時13分

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