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2009年6月13日 (土)

死を待つ人々

「死を待つ人々」という言葉は、マザー・テレサがインドのカルカッタで始めた活動に結びついている。路上で見捨てられた人々を施設に連れてきて介抱した活動が、やがて発展していく。
この活動を視察するために、日本からも多くの人たちが現地に行った。
しかし、「死を待つ人々」というのは、あのインドにだけいるのではない。日本にも、そして自分たちの身近にも、いる。我々は、「死を待つ人々」を見るために、インドまで行く必要はないのである。自分の隣人もまた、そんな人たちかも知れない。そして、残された短い日々を、介抱してやる、介護してやる。あるいは、介護させていただく、と言った方がいいのかも知れない。
やがては死んでいくだろう。この人は何のために生きているのか分からない場合、そして、その人と関わらなければならない場合、その人は、自分にとっては、「死を待つ人々」である。
その日は、今日だろうか、あるいは明日だろうか、いずれにしても、そう長くはない。朝、目覚めて、まだ命がある。命があるのを感謝しようという言葉もあるが、そんな感謝が、どこからも出てこない人たちが、「死を待つ人々」である。生きる意味の喪失が、その特徴である。
我々は、マザー・テレサの活動に参加するために、インドまで行く必要はない。すぐ近くに、「死を待つ人々」はいる。

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