« 貧 | トップページ | 歴史観 »

2009年6月20日 (土)

死について

「罪の支払う報酬は死である」とは有名な聖書の言葉である。ところで、その死とは何か。肉体の死であろうか。いや、直接的には霊的な死を意味するのではないだろうか。

罪は第一に霊的な死をもたらす。では、肉体的な死は、霊的な死と無関係なのだろうか。関係はあると思う。この二つの死は違うものであるが、無関係ではない。

罪がなければ死はない、と聖書は言う。最初の人は、罪はなかった。その状態で、その人は永遠に、いや永久に生きたのだろうか。生物としての人が、最初は死なないこともあったと、想像できるだろうか。私には想像できない。

今、我々にとって、肉体の死は自明のことである。しかし、肉体の死と共に、どこかにニヒリズムがおそってくる。そこに、霊的な死の影がある。

だから、肉体の死から、霊的な死を思い、その解決を考えなければならない。そこに救いがある。その救いは、霊的な死の解決であるが、肉体の死との関係の中でとらえられなければならない。そして、その解決があった時、肉体の死は、ある意味では、その使命を果たしたことになる。それを、端的に「死はない」と言ったのではないだろうか。しかし、それでも、肉体はなくなる。その違いの解決が、「復活のからだ」なのではないだろうか。

|

« 貧 | トップページ | 歴史観 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 貧 | トップページ | 歴史観 »