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2009年7月17日 (金)

「父 吉田茂」

光文社知恵の森文庫『父 吉田茂』(麻生和子著)を読んでいる。著者は麻生首相の母である。

元日本医師会の会長だった武見太郎が吉田茂の「義理の甥」にあたるのだそうだ(p.14)。銀座に、武見氏の診療所があったのを覚えている。武見氏は高校の先輩であった。仏教の信徒であったが、四谷のカトリック教会の司祭だったカンガス氏とも交流があったという。

著者の母は雪子といったが、その父が牧野伸顕。牧野伸顕は、大久保利通の次男で、鹿児島の生まれだという(p.50)

ということは、著者の祖父が牧野伸顕ということになる。現在の麻生首相もまた、大久保利通の子孫の一人なのだ。

もし、麻生氏が首相でなかったなら、この本を手にすることもなかったかも知れない。近代日本の形成について関心を持つきっかけを、麻生首相は作っているともいえる。

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コメント

麻生首相の両親、麻生太賀吉さんと吉田和子さんの結婚式は、本によると、昭和13年12月、神田の天主教会でおこなわれたという(p.145)。その文章の中に「母がクリスチャンでしたので」という言葉がある。「ので」とは、理由をあらわしているのだろうが、そこになぜ、このような理由が必要なのだろうか。本人同士もクリスチャンだったのであれば、それでいいのではないだろうか。

著者の母は牧野伸顕の娘、雪子である。カトリック信徒というが、どこで信仰を持ったのだろうか。本によれば、昭和16年5月、雪子は乳ガンで入院、手術を受けたが、同年10月7日に亡くなったという。51歳だったというが、今の感覚では、若い。

岩倉具視にしろ、大久保利通にしろ、子孫の中にキリスト者がいるという事実は、覚えられていいのではないだろうか。岩倉の場合はよく知られているが、大久保の場合は、雪子さんがキーワードかも知れない。

『父 吉田茂』は面白かった。よく覚えていると思った。自分の中にある吉田茂のイメージに相応しい言葉が与えられたという思いである。

投稿: | 2009年7月19日 (日) 09時18分

吉田雪子さんが、どこで信仰を持たれたか、インターネットで検索しましたが、分かりませんでした。ただ、こんな情報がありました。

清泉女子大学と吉田雪子氏との関係については、こう紹介されています。

「大学歌は、作詞については歌人であり文学者である佐佐木信綱先生に依頼し、作曲は女子学習院で音楽を担当していた松島女史に依頼し作成した。作成に際しては、清泉女子大学の前身である清泉寮学院の開設に尽力した吉田茂元総理夫人吉田雪子氏により、作詞者と作曲者に依頼されて1936年に作られた」(ウィキペディア)。

雪子さんは、この清泉寮の1期生として、娘の麻生和子さんを入学させています。

雪子さんの父、牧野伸顕は大久保利通の息子であるが、1歳の時に、牧野家の養子になったのだという。名前は違っても、二人は親子。

投稿: | 2009年7月19日 (日) 14時02分

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