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2009年9月18日 (金)

裁き

生ける者と死せる者とを裁きたまわん。単純な理解では、生ける者とは今、生存している者、死せる者とは今、生存していない者の意味であろうか。そう理解している人が多いと思う。
しかし、聖書では、生と死とは、霊的な生、霊的な死を意味する場合もある。その理解に立てば、今、肉体において生きている人全部の意味になるかも知れない。どちらが正しい理解であろうか。しかし、いずれにしても裁きはすべての人に及ぶということには変わりない。
そして、最後の審判ということが言われている。その絵がある。普通、この絵の出来事は未来と考えられている。再臨があり、審判があるというように。
しかし、聖霊降臨から再臨までの期間、その間にも審判はあるかも知れない。いや、今も、現代の歴史もまた、神の審判の最中なのかもしれない。最後の審判は未来のことではなくて、今も進行中のことという信仰があってもいいかも知れない。

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