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2009年10月28日 (水)

信仰義認について

ウィキペディアの「信仰義認」の項目によると、1999年10月31日に、ルーテル世界連盟とカトリック教会の間で合意された「義認の教理についての共同宣言」に関して、「ルーテル教会内のリベラル派は、このことをもってカトリック教会が信仰義認の教理を自派に適用したと看做しているが、ルーテル教会内の保守派はそのような解釈を拒んでいる」と解説しています。

ルーテル教会内の保守派というのは、ルーテル世界連盟に加盟していないルーテル教会なのでしょう。しかし、その反対理由はどんなものか、と思いました。また、あの合意に関する批判があるということも、今回、知りました。そのような立場の人たちと、再度の対話はできないものでしょうか。

それに、もう一つの気がかりがあります。「このことをもってカトリック教会が信仰義認の教理を自派に適用したと看做している」という点ですが、もともと、合意の内容はカトリックの教えだったのではないかと、ということです。そして、そのカギは、新生と聖化との関係なのだと、私は思います。

新生に関しては、信仰義認という完全に受動的な姿勢が妥当しますが、聖化の場合は、能動的姿勢が求められるのではないでしょうか。そして、健全な聖化論に立つのであれば、信仰義認において生まれた疑問、善行無用論の生まれる余地はなくなると思います。新生と聖化の関係の考察を深めていけば、信仰義認と行為義認の問題の理解も深まるのではないかと思います。

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