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2009年10月26日 (月)

なぜ中世か

このブログの名前に中世という言葉がある。それは日本の中世ではない。西洋の中世である。今も、なお、追求すべき目標である。もちろん、それは歴史的中世ではない。しかし、歴史的中世と無関係でもない。だから、「新しき中世」である。では歴史的中世の中で、なお将来に待ち望むべき要素は何か。遠藤周作は『文学と想像力』の中で、中世を、こう描いている。

「中世は少なくとも地上の地上をこえたもの、人間の世界と永遠と世界、自然世界と超自然の世界とが交流し、対話していた時代なのである。人々は地上に生きることによって永遠につながっていたし、この現実を通して現実をこえたものをながめてえたのである。つまりキリスト教がこの二つの領域の橋わたしをやってくれたのだ。それは中世の教会をみれば私たちにはっきりわかるのである。どっしりと大地に根をおろした教会は、人間の地上における努力、人間の地上における営みをしめしている。しかもこの努力や営みは地上の尖塔を通して、空にむいているのである。永遠の世界につながっているのである。このように地上と天上との対話こそが中世の理想だった」

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