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2009年11月30日 (月)

再臨運動のこと

内村鑑三らの再臨運動は長くは続かなかった。しかし、これは再臨の強調が間違っていたということではない。明治に入り、キリスト教宣教活動が再開されたが、短期間に、この教えの本質に関わる信仰を受容して展開していったということは、特筆すべき事柄であったと思う。

再臨信仰は聖霊降臨から再臨までのあいだ、常に強調されなければならないものだ。仏教との比較でいえば、正法時、像法時の後に来る末法時における末法思想が再臨信仰に相当するということではない。キリスト教的にいえば、聖霊降臨から再臨までは、常に末法時である。西洋の中世でも末法時であったというべきではないだろうか。なぜなら、中世といえども、歴史は終わっていないからである。

再臨は歴史の完成を意味している。そして、歴史は、このような完成を意識している人々によって、はじめて前進していくものではないだろうか。だから、再臨信仰は平時においても主張されなければならない。個々人の完成、宇宙の完成、人生の謎の解明、それらが歴史の彼方にあり、まさに来たりつつある再臨において成就されるからである。

目を過去にばかり向けずに、やがて来るべき事柄に目を向け、その準備にいそしむこと、そこにクリスチャンの生き方があるのだと思う。

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日本の預言者

日本の預言者というのは内村鑑三のことである。彼の文章は今でも熱心に読まれている。その中に、次のような言葉がある。

「日本はアジアの試験場である。あたかもギリシャがヨーロッパの試験場であったように。ヨーロッパの未来がギリシャによって決せられたように、アジアの未来は日本によって決せられるのである。日本人の採用する制度と、その開発する宗教と哲学と芸術とが、ついに東亜全体に普及し、永くその模範となって人類半数以上の運命を支配することになるのは、ソロン、フィジアス、プラトンらの事業が西洋文明の基礎を定めたようなものである。だから知る、私たち日本人の責任は、わずかに同胞四千万の安全幸福にのみとどまらず、ヒマラヤ山以東に住む蒼生五億余の将来に関するものであることを。この重大な責任のあることを知る者にとって、どうして軽佻浮薄であることができようか」(新版『一日一生』、11月29日、教文館、340頁)

西洋文明におけるギリシャの位置づけは重要である。西洋中世も、ギリシャの要素なくしては生まれなかった。そのようなギリシャの位置が、やがて日本にも与えられるであろうというのである。

われわれが学んでいるキリスト教は、西洋からのものであろう。そこには、ギリシャの哲学・思想が混じっている。我々にギリシャの前提はない。だから、キリスト教を学ぶということは、直接、ヘブライ思想のみではなく、ギリシャも学ばなければならない。そこに一つのためらいがある。

吉満義彦と遠藤周作との出会いと、遠藤の吉満に対する疑問もまた、そこにあった。しかし、そのような重大な疑問は、いつしか忘れられていった。今も忘れられている。しかし、内村は、そこに一つの回答を与えていたのであった。

ここに書かれている内村の「預言」のように事が運ぶかどうかは、知らない。しかし、こういう目で、キリスト教を見直してみるのも、無意義であるとは思われないのである。

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2009年11月27日 (金)

事業仕分け

官僚の 支配を崩す 新企画
 事業仕分けは 針のむしろ

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奇跡の解釈

「すべての人が食べて満腹した」(マタイ14・20)

聖書の個所は、五つのパンと二匹の魚で、男5000人が食べて満腹したという有名な個所である。マタイ以外にも、ルカ、ヨハネの各福音書にも記されている。これを奇跡と受け取る人にとっては、ありえないという事実の謎への理性的要求は拒否されている。神のなさることであるから、合理的に考えることは間違っていると、そういう意味で奇跡を考える人もいるかも知れない。

しかし、この物語の意味は、そのような奇跡なのだろうか。11月26日、と27日のNHKラジオ深夜便で、日本キリスト教団の伊豆・松崎教会の星野正興牧師が語ったところでは、奇跡ではない。なぜなら、「五つのパンと二匹の魚」は、最初に差し出されたもので、その後、イエスの周りに集った多くの人たちが、食物を差し出したのだという解釈をされた。そこで、分かち合いが行われたのである。それらが記述されていないだけである。恐らく、「五つのパンと二匹の魚」は、その象徴として書かれているのだろう。私は、この解釈を採用したい。反論があれば、その時、また考察しよう。

星野牧師は、賀川豊彦のお弟子さんに学んだことがあるという。賀川の精神は、協同組合の精神に生きているといわれている。社会主義に共鳴しつつも、キリスト教に立つ精神的価値を強調して、唯物論的社会主義には向かわず、逆に排斥された賀川の取った道は協同組合思想であった。資本主義でもなく、社会主義でもなく、第三の道であり、助け合いの道である。「五つのパンと二匹の魚」の物語は、その協同組合の理想を語っているようにも思われる。現在の鳩山首相の友愛精神も、それに近いのだろうか。

それにしても、星野牧師の二回の話に魅了された。この人の本を読んだことはないが、教えられるところは多かった。感謝。

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2009年11月25日 (水)

義認と義化

ルターは義認という。カトリックは反論として義化という。この二つは矛盾するのだろうか。見方の相違ではないのだろうか。

義認とは、義の衣をまとう意味である。義化とは、実際に義になるという意味である。

義認とは、人に信仰が現れた瞬間に、神が、その人を見た時のことであろう。その人は、古い人のままであるが、キリストの義の衣をまとっているために、神には義と見えるのである。それが基盤であることは、その通りであろう。しかし、それだけではない。その後、義認の判定に応じて、聖霊が下り、人は新しい人となる。聖霊が下って、人には何も起きないのかと言えば、何かが起きたのである。そのところに、義化の本質を見ることもできる。だから、義化とは、聖化と区別されるのであれば、聖化のスタートであろう。聖化の本質を語っているように思える。であれば、義認、義化とは、見方の相違で、矛盾するものではない。義認、義化、聖化、栄化と、人の真の成長は続くのかも知れない。

義認と義化、それらは、真理の一面を洞察している。それらが、すべてを語っているとすれば、反論が起きるのであろう。

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2009年11月20日 (金)

福音的称名

福音的称名とは、故橋本鑑氏の使った言葉である。称名というのだから、もちろん、念仏からのアイディアが含まれている。その内容に関しては、昭和17年に出た『福音的称名序説』(長崎書店)に記されている。

その「称名」は、カール・バルトの本の影響を受けて、「インマヌエル・アーメン!」とのことである。

橋本氏は、昭和20年、若くして亡くなられたが、故久山康氏は、『現代日本のキリスト教』(創文社)の中で、「この試みは今後も継承されるべきだと私は思っているのです」と言われている。同感である。しかし、いくらか注文もある。称名の内容に関しては、もう少し考えてもいいのではないだろうか。

私は、「マラナタ」を入れたいと思う。これは再臨信仰の表明である。「イエス・キリスト」は、それだけでもう信仰告白になっているが、それに主を冠すれば、「南無」の意味も含まれるであろう。

であるから、称名の内容は「主イエス・キリスト、インマヌエル、マラナタ、アーメン!」である。

これにつけ加えれば、キリストとインマヌエルの間に「ハレルヤ」を入れてもいい。そこに「救い」があるからである。

この福音的称名には、救い、聖化、再臨、それらがわずかな言葉の中に宣言されている。マラナタ、再臨が必要なのは、まだ歴史が終わっていないからである。福音的称名には、その自覚があってもいいのではないだろうか。

このマラナタ、再臨信仰を含む称名は、この世的に言えば、「人生必勝の信念」を形成する言葉になるであろう。思うことは実現するといわれるが、福音的称名というのは、最後的勝利を思うことでもあるのだから。

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再臨信仰の勃発

新生の瞬間があった。聖化の道にいた。しかし、その認識がなかった。そして、躓きの瞬間がきた。生きるための動機に分裂が起きた。自分とは、何者であろうか。そんな問いをかかえて、大学に行った。学部は文学部で、哲学科だった。その時から、内村鑑三の本は読んでいた。再臨運動についても、読んでいた。しかし、関心がなかった。

多くの年月が流れた。そして、再臨運動の価値を受け止めるようになった。

クリスチャン生活というのは聖化の過程である。その中では、信仰の戦いもある。その時、どう考えるのか。この戦いは、やがて終わるのだ。そこに再臨がある。聖化の過程は新生の根拠である義認においては安定がある。しかし、それでも、不安定さの中を進むという一面もあるのだ。この不安定さを、どう解決するのか。それが、再臨信仰なのである。

聖霊の満たし、聖霊のえい満は、再臨信仰の中でもたらされる。聖霊の満たし、聖霊のえい満を求めることは大切ではあるが、それだけでは、何かの欠けを感じる。信仰の主観性を超えなければならないからだ。そこに再臨信仰の意味がある。聖化の道を歩む者は、その終局を狙わなければならない。それが再臨なのである。

再臨信仰、再臨への期待というものは、信仰生活の中で大切なのだということを知った。

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実存的生き方

新生前であれば、十字架が実存を可能にさせてくれる。しかし、新生後の聖化の段階では、十字架に、その力はない。その時に、実存を可能にしてくれるのは再臨である。再臨信仰がキリスト者の実存的生き方を可能にさせてくれるものである。

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内村鑑三の弟子

内村鑑三は、親鸞と同じように弟子を作らないと言っていたと思うが、無教会というグループができた。無教会は、教会ではないのだろうが、キリスト教徒の信徒数の中では、一つの教派のように扱われる。しかし、そういう理解がいいのかどうか、分からない。パーメリー女史(宣教師)との手紙のやりとりで、なぜ内村は女史の無理解を嘆いたのか、そこには何があったのか、そんなことを思う。

以前、無教会の信徒数を調べようとした時、反対する人が、無教会の中から起きた。なぜか、よく分からなかった。しかし、無教会の定義、そして、その信徒の存在のあり方を考えた時、何かが見えてくるかも知れない。

今、内村の本から信仰に関して、影響を受ける人たちは多いと思う。牧師、神父の説教にもまして、信仰の肝心なところを、彼の本は端的、率直に指摘しているからである。再臨信仰などは、内村から教えられる人もいるだろう。そんな人たちが、内村の弟子を自覚するかもしれない。しかし、それは外には現れてこない。無教会の中にいないで、教会の中にいるかもしれない。無教会の信徒数にカウントされないで、教会の中にカウントされる人がいるだろう。教会の外にもいるかも知れない。であれば、無教会の人数は分からないのではないか。

教会の中にいる無教会信徒というのは、パーメリー女史のような論理的頭脳の人においては矛盾であろうが、内村は、そんな人たちを容認していたのかも知れない。そのような容認がなければ、無教会は教派になり、教派主義を引き寄せるであろう。晩年の塚本との関係も、こんなところに原因があったのかも知れない。

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2009年11月17日 (火)

ちまちま

節約の 大方針も ちまちまと
 評論家には 別の展望

寺島実郎さんがテレビで、事業仕分けの内容に関して、「ちまちま」という言葉を使っていました。それは、別の展望との比較の中において出てきたものでした。事業仕分けは新しく登場した作業で共感する人も多いと思いますが、長期的な別の展望への共感も必要と思います。

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2009年11月15日 (日)

川柳

毎日新聞(11月15日)の「サラリーマン川柳」の欄に、秀逸作品として紹介されているものがあります。

「愛してる」 妻の返信 「愛すてる」(あけお)

面白いと思いました。妻の返信の内容「愛すてる」は、「愛捨てる」かも知れません。あるいは、方言で、「愛してる」と同じ意味かも知れません。この両方の意味があると思います。しかも、「し」と「す」の一字の違いだけです。こんなことを考えてみるのは、面白いことです。意味は逆か同じか、どちらでも採れると思います。

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末法思想

末法の 世なりと人は 言うけれど
 などて今かと 思う我あり

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2009年11月 9日 (月)

内村鑑三記念文庫

「内村鑑三記念文庫デジタルアーカイブ」がインターネットで公開されています。貴重な写真、文献などを見ることができます。

http://lib-archive.icu.ac.jp/uchimura/index.html

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2009年11月 8日 (日)

怖き死も 老いて痛みの たえぬなら
 休みの時と 思ううれしさ

「たえぬ」は、「絶えぬ」と「耐えぬ」の両方の意味です。死がなぜうれしいのか、それはパウロの述懐の通りです。

「わたしの願いを言えば、この世を去ってキリストと共にいることであり、実は、その方がはるかに望ましい」(ピリピ1・23)

老年になると、病気が避けられません。長く、いつまでも生きるということが現実的でないことに気づきます。その時、死の彼方にある楽しみを覚えて、この地上に未練の残らないような生き方をすべきと思います。

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2009年11月 6日 (金)

太陽の恵み

ソーラーの コマーシャルあり 吉(きち)永(なが)く
 日本の出番 日の丸を見よ

吉永小百合さんが、シャープのコマーシャルに出ています。ソーラー・カンパニーという言葉がありました。

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