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2009年11月20日 (金)

再臨信仰の勃発

新生の瞬間があった。聖化の道にいた。しかし、その認識がなかった。そして、躓きの瞬間がきた。生きるための動機に分裂が起きた。自分とは、何者であろうか。そんな問いをかかえて、大学に行った。学部は文学部で、哲学科だった。その時から、内村鑑三の本は読んでいた。再臨運動についても、読んでいた。しかし、関心がなかった。

多くの年月が流れた。そして、再臨運動の価値を受け止めるようになった。

クリスチャン生活というのは聖化の過程である。その中では、信仰の戦いもある。その時、どう考えるのか。この戦いは、やがて終わるのだ。そこに再臨がある。聖化の過程は新生の根拠である義認においては安定がある。しかし、それでも、不安定さの中を進むという一面もあるのだ。この不安定さを、どう解決するのか。それが、再臨信仰なのである。

聖霊の満たし、聖霊のえい満は、再臨信仰の中でもたらされる。聖霊の満たし、聖霊のえい満を求めることは大切ではあるが、それだけでは、何かの欠けを感じる。信仰の主観性を超えなければならないからだ。そこに再臨信仰の意味がある。聖化の道を歩む者は、その終局を狙わなければならない。それが再臨なのである。

再臨信仰、再臨への期待というものは、信仰生活の中で大切なのだということを知った。

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