« 日本の預言者 | トップページ | がん »

2009年11月30日 (月)

再臨運動のこと

内村鑑三らの再臨運動は長くは続かなかった。しかし、これは再臨の強調が間違っていたということではない。明治に入り、キリスト教宣教活動が再開されたが、短期間に、この教えの本質に関わる信仰を受容して展開していったということは、特筆すべき事柄であったと思う。

再臨信仰は聖霊降臨から再臨までのあいだ、常に強調されなければならないものだ。仏教との比較でいえば、正法時、像法時の後に来る末法時における末法思想が再臨信仰に相当するということではない。キリスト教的にいえば、聖霊降臨から再臨までは、常に末法時である。西洋の中世でも末法時であったというべきではないだろうか。なぜなら、中世といえども、歴史は終わっていないからである。

再臨は歴史の完成を意味している。そして、歴史は、このような完成を意識している人々によって、はじめて前進していくものではないだろうか。だから、再臨信仰は平時においても主張されなければならない。個々人の完成、宇宙の完成、人生の謎の解明、それらが歴史の彼方にあり、まさに来たりつつある再臨において成就されるからである。

目を過去にばかり向けずに、やがて来るべき事柄に目を向け、その準備にいそしむこと、そこにクリスチャンの生き方があるのだと思う。

|

« 日本の預言者 | トップページ | がん »

コメント

いま、この信仰の強調が必要と思う。再度の検証が必要と思う。その観点から、内村の歴史に残したものを見直すべきと思う。

投稿: | 2009年12月10日 (木) 15時26分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 日本の預言者 | トップページ | がん »