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2009年11月27日 (金)

奇跡の解釈

「すべての人が食べて満腹した」(マタイ14・20)

聖書の個所は、五つのパンと二匹の魚で、男5000人が食べて満腹したという有名な個所である。マタイ以外にも、ルカ、ヨハネの各福音書にも記されている。これを奇跡と受け取る人にとっては、ありえないという事実の謎への理性的要求は拒否されている。神のなさることであるから、合理的に考えることは間違っていると、そういう意味で奇跡を考える人もいるかも知れない。

しかし、この物語の意味は、そのような奇跡なのだろうか。11月26日、と27日のNHKラジオ深夜便で、日本キリスト教団の伊豆・松崎教会の星野正興牧師が語ったところでは、奇跡ではない。なぜなら、「五つのパンと二匹の魚」は、最初に差し出されたもので、その後、イエスの周りに集った多くの人たちが、食物を差し出したのだという解釈をされた。そこで、分かち合いが行われたのである。それらが記述されていないだけである。恐らく、「五つのパンと二匹の魚」は、その象徴として書かれているのだろう。私は、この解釈を採用したい。反論があれば、その時、また考察しよう。

星野牧師は、賀川豊彦のお弟子さんに学んだことがあるという。賀川の精神は、協同組合の精神に生きているといわれている。社会主義に共鳴しつつも、キリスト教に立つ精神的価値を強調して、唯物論的社会主義には向かわず、逆に排斥された賀川の取った道は協同組合思想であった。資本主義でもなく、社会主義でもなく、第三の道であり、助け合いの道である。「五つのパンと二匹の魚」の物語は、その協同組合の理想を語っているようにも思われる。現在の鳩山首相の友愛精神も、それに近いのだろうか。

それにしても、星野牧師の二回の話に魅了された。この人の本を読んだことはないが、教えられるところは多かった。感謝。

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