« ちまちま | トップページ | 実存的生き方 »

2009年11月20日 (金)

内村鑑三の弟子

内村鑑三は、親鸞と同じように弟子を作らないと言っていたと思うが、無教会というグループができた。無教会は、教会ではないのだろうが、キリスト教徒の信徒数の中では、一つの教派のように扱われる。しかし、そういう理解がいいのかどうか、分からない。パーメリー女史(宣教師)との手紙のやりとりで、なぜ内村は女史の無理解を嘆いたのか、そこには何があったのか、そんなことを思う。

以前、無教会の信徒数を調べようとした時、反対する人が、無教会の中から起きた。なぜか、よく分からなかった。しかし、無教会の定義、そして、その信徒の存在のあり方を考えた時、何かが見えてくるかも知れない。

今、内村の本から信仰に関して、影響を受ける人たちは多いと思う。牧師、神父の説教にもまして、信仰の肝心なところを、彼の本は端的、率直に指摘しているからである。再臨信仰などは、内村から教えられる人もいるだろう。そんな人たちが、内村の弟子を自覚するかもしれない。しかし、それは外には現れてこない。無教会の中にいないで、教会の中にいるかもしれない。無教会の信徒数にカウントされないで、教会の中にカウントされる人がいるだろう。教会の外にもいるかも知れない。であれば、無教会の人数は分からないのではないか。

教会の中にいる無教会信徒というのは、パーメリー女史のような論理的頭脳の人においては矛盾であろうが、内村は、そんな人たちを容認していたのかも知れない。そのような容認がなければ、無教会は教派になり、教派主義を引き寄せるであろう。晩年の塚本との関係も、こんなところに原因があったのかも知れない。

|

« ちまちま | トップページ | 実存的生き方 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ちまちま | トップページ | 実存的生き方 »