« 2009年11月 | トップページ | 2010年1月 »

2009年12月27日 (日)

聖霊の本質

聖霊は、どこから来るのだろうか。聖霊は未来から来る。その原因は過去にあろうとも、聖霊は未来から来る。未来を生き、永遠へと繋がる命が聖霊だからである。

しかし、聖霊は未来の生ではない、未来からの生である。それが聖霊の本質である。未来の生は、やがて過去の生となる。しかし、未来からの生は過去の生とはならない。だから、永遠の生でもある。

未来の生に生きる者は、その生が実現された時、また実現されなかった時、挫折感を感じるかも知れない。しかし、未来からの生には、そんな不安はない。そして、そんな、未来からの生に接しつつ生きる生き方を実存的な生き方というのだろう。

| | コメント (0)

2009年12月25日 (金)

忘れられた思想家たち

岩下壮一、吉満義彦といったカトリックの思想家たちが忘れられて久しい。第二バチカン以降、急激に忘れられていったのではないだろうか。二人とも多くの著作を残しており、それらを通して、その思想を学ぶことはできる。しかし、時に、それらに関心を持つ人が出るかも知れない、そういう試みが単発的に出ることはあっても、本腰を入れた試みはないといってもいいのではないだろうか。でも、今の時点で、彼らの思想との対話があれば、彼らの理解のみならず、カトリックそしてキリスト教の理解を深めることができるであろうと思うけれど、第二バチカンの方針に「縛られている」学者司祭たちには、動機が成り立たないのかも知れない。信徒の出番なのだろうか。

| | コメント (0)

2009年12月22日 (火)

老婆の心

姥捨ては 老病の山 助けられ
 登る老婆の 心サムライ

| | コメント (2)

2009年12月21日 (月)

人の歳

還暦を 過ぎて気になる 人の歳
 電子辞書見て 思いにふける

| | コメント (0)

2009年12月20日 (日)

諸宗教の対話

他宗教との関係では、他宗教の持つ積極的価値を否定する必要はない。共有できる価値を受け入れるていき、共に目的の頂上を目指していけばよい。自分の宗教で、その頂上にまで至ることができると思っても、それは対話に余裕を与えこそすれ、批判の原理としたら、対話は難しくなるかも知れない。ここに原理主義への、いくらか憂いを持った眼差しがある。

| | コメント (0)

2009年12月18日 (金)

人生勝利の秘訣

十字架と再臨を二つの焦点とする楕円の真理こそ、人生勝利の秘訣のように思う。それが分かれば、それを自分の人生の中で証明していけばよい。その人生はきっと楽しいものとなるだろう。

| | コメント (3)

2009年12月16日 (水)

動画の名作

動画の名作を自宅のパソコンで視聴できます。「You Tube」というサイトで、10分くらいの動画を見ることができます。貴重な番組がたくさん収録されています。10分の感動を毎日、体験できます。もっと早く、こんなサービスを知っていたらと思いました。

| | コメント (0)

2009年12月13日 (日)

師走の気分

釈迦悟り イエス生まれて 師は走る
 年の終わりの 焦りと希望

釈迦の悟りは成道会として、特に禅宗の中で祝われている。それは12月8日で、なぜか太平洋戦争の勃発の日と重なっている。イエス誕生の記念はクリスマスとして、みなが知っている。年の終わり、12月を師走という。なぜ師走というのかは不明だけれど、平安末期の「色葉字類抄(いろはじるいしょう)」によると、「師馳(しは)す」という民間の語源があったようである。その意味は、「師匠の僧が、経をあげるために東西を馳せる月」であるという。師は、今では先生を想像するが、僧であったようだ。しかし、忙しいという意味はあったのだろう。

年の終わりの決算と、次の年への希望、その混じった気分が師走の気分というところかも知れない。

| | コメント (0)

2009年12月 6日 (日)

がん

がんという 怖く優しい 病あり
 別れの日まで 数える余裕

別れ告ぐ 怖く優しい がん車来る
 未練を落とす 日々に感謝し

がんという病気は怖いイメージが強いが、優しい病気かも知れない。この世との別れの準備をする時間的余裕があるのだから。

| | コメント (0)

« 2009年11月 | トップページ | 2010年1月 »