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2009年12月22日 (火)

老婆の心

姥捨ては 老病の山 助けられ
 登る老婆の 心サムライ

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コメント

老病の 姨捨山を 助けられ
 登る老婆の 心サムライ
 
私は老婆なのかも知れないし、あるいは、老婆の山登りを助ける人かも知れない。しかし、老老介護は多くの現実になっている。どうしたらいいのか。昔、神戸照子さんが「老人健康村」とかいうものを作っていて、一度、お会いしたことがある。そんな共同生活を考えなければならない時かも知れない。老人たちのグループホームが必要かも知れない。一人で生きられない老人がいて、家族がいない、子どもがいない、そんな場合、誰が、その老人の面倒を見るのか。黙っていても、人は歳を取る。子どものいない老人は、どうしたらいいのだろうか。将来の、いや今の、老病の山登りに、どんな準備、用意をしているのだろうか。課題は待ったなしに、我々に迫っているように思う。

投稿: | 2009年12月23日 (水) 12時36分

老病の 姨捨山を 助けられ
 登る老婆の 心サムライ
 
私は老婆なのかも知れないし、あるいは、老婆の山登りを助ける人かも知れない。しかし、老老介護は多くの現実になっている。どうしたらいいのか。昔、神戸照子さんが「老人健康村」とかいうものを作っていて、一度、お会いしたことがある。そんな共同生活を考えなければならない時かも知れない。老人たちのグループホームが必要かも知れない。一人で生きられない老人がいて、家族がいない、子どもがいない、そんな場合、誰が、その老人の面倒を見るのか。黙っていても、人は歳を取る。子どものいない老人は、どうしたらいいのだろうか。将来の、いや今の、老病の山登りに、どんな準備、用意をしているのだろうか。課題は待ったなしに、我々に迫っているように思う。

投稿: | 2009年12月23日 (水) 12時37分

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