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2010年2月28日 (日)

21世紀

21世紀は2001年から2100年までの百年間のこと。今年が終われば早いもので、もう10年が過ぎてしまう。10年前には、世紀末で騒いだ時もあった。あれは何であったのだろうか。

すぐに戦争が始まり、21世紀を祝う気分は吹っ飛んだが、あの世紀末の関心を、もう一度、検証してみるのも意味のあることではないだろうか。

振り返れば、21世紀も、世紀末の騒ぎ、期待に反して、何の変化もなく過ぎている。何かが起きるといった期待は何であったのだろうか。

よい本がある。『終末思想に夢中な人たち』(ダミアン・トンプソン著、渡会和子訳、翔泳社、1999年)である。日本のオウム真理教や、幸福の科学も登場している。

キリスト教の歴史には、キリストの再臨の時を決めて、それが実現しなかったという騒ぎもあったが、キリスト教に縁遠い日本人には、なかなか理解できないだろう。その騒ぎの中で、生まれた教派もある。

しかし、あの新時代待望の意識は全く無意味であったのだろうか。いや、今もなお継承していくべきものが、その中にあるのではないだろうか。

内村鑑三の再臨信仰の提唱に促されて、歴史的な欧米の再臨運動の周辺を検証してみるのも意義深いことではないだろうか。

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2010年2月26日 (金)

仏教とキリスト教の対話

今の日本では、仏教関係の哲学者、作家の活躍が著しい。キリスト者としては、それを評価し、また受け入れなければならないと思う。余り、対立的に考えていくと、日本に居づらくなるが、外国移住の選択はないだろう。対話の中で、少しキリスト教的、西洋的味わいを混ぜて、西洋思想にも関心を持ってもらう、そんな程度の働きが出来れば、今はいいのかも知れない。西洋と東洋、両方知らないとだめ。西田幾多郎なども西洋哲学の知識は深いものがある。西洋はだめ、東洋がいい、ではなく、その逆でもなく、もっと自由に、西洋も東洋も旅をすればいいと思う。

考えてみれば、キリスト教はアジア産である。ただ、それが西洋に伝わり、西洋化された。そのため西洋の宗教のように見られているだけ。この歴史的経緯を無視してはいけないと思う。

京都大学文学部キリスト教学科の教授であられた故武藤一雄博士には、博士の生前、二度、お目にかかったことがある。

一度は、大学生の時、同じ科の後輩と二人で、後輩の案内で、京都の百万遍の近くにある武藤先生の御自宅を訪ねたことがあった。御自宅の二階で、先生にお会いした。周囲が本棚で囲まれ、びっしり本があったのには驚いた。

後輩は当時、クエーカー信徒であったが、以前は無教会の矢内原忠雄氏の集会に出ていた。その厳しかった雰囲気などをよく語っていた。その後、彼は、フィリピンの海岸での事故で亡くなったと聞いた。明るい、向学心に燃えた人だった。わずかの期間であったが、知りあえて感謝している。

当時、仏教を私は余り知らなかった。京都は寺が多い。その中で、キリスト者として、どういう姿勢をとるべきか。武藤先生は、仏教の話になると、真剣な面持ちになり、謙虚に聴くという姿勢を示された。批判的態度を取るかと思っていた私は、少し驚いたことがあった。京都という場所柄、仏教を無視はできないことを十分に了解していたのだろう。

武藤氏の御自宅での会話は、ほんの数分であったが、仏教に対するキリスト者の姿勢として、私に考えさせるものがあった。当時、私は改革派の本に魅力を感じていた。神戸改革派神学校の校是には、異教に対する厳しい姿勢が明記されていた。キリスト教の教派全体に対しても「学問的」評価を与え、キリスト教本質論を展開しているのは、この改革派神学以外にないように思っていて、魅力を感じていた。だから、仏教というものに対する積極的価値を認める視点を欠いていたのかも知れない。

しかし、仏教というものは、東洋の哲学ではないだろうか。ギリシャの哲学が排除されずにキリスト教との折衝の中で中世を生きていった。仏教も哲学として見た時、キリスト教との折衝があってもいいし、ありうるのではないだろうか。

キリシタンの昔から、仏教を敵視してきたキリスト教は、その姿勢を改めるべきではないのだろうか。仏教を哲学として見た時、そこには、自己認識への真摯な探求の歴史があるのではないだろうか。それはキリスト教にとっても見習うものであり、恐らく、キリスト教は、その点ではかなわないかも知れない。日本は仏教を介して「哲学の国」でもあるのだ。大学生の時、武藤氏の対応に感じた「?」は、40年後には、少し「!」に変わって来たかも知れない。神仏の加護という言葉もある。「神さま、仏さま」と、一緒にする呼びかける習慣はキリスト教的にはなじまないであろうが、その世界を理解することも大切であろうと思う。神は万物の造り主という時、存在するものの価値に目が開かれるのかも知れない。

その後、だいぶしてから、もう一度武藤氏に会った。調布の、あるキリスト者医師の診療所での講演会に出席した時であった。あの、御自宅での、私らの一回の訪問を先生が覚えていたかどうか知らないが、こちらも、あいさつはしなかった。もちろん、会話はなかった。話したのは、あのご自宅での一回の訪問の時だけであった。

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2010年2月24日 (水)

生老病死

四苦の内容である生老病死の生は何を意味しているのだろうか。生まれるだろうか、生きるだろうか。

どうして、それが苦なのだろうか。老病死が苦であることは分かる。しかし、生が苦であるとは、すぐには分からないのではないだろうか。人間存在そのものが苦なのだといっているのかも知れない。だとすれば、原罪の支配下にある人間を、その意識において捉えているといえるかも知れない。その意味では、正直な人間観なのだと思う。

生が苦であるとは、老病死が苦であるとは別の角度からの観察であるように思う。前者は哲学的観察、後者は個別科学的観察といえようか。とにかく、この区別があるように、私には思える。

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2010年2月22日 (月)

仰瞻

内村は、シーリーから、自分の心をばかり覗くのではなくて、十字架を仰げと言われ、回心を経験した。仰瞻(ぎょうせん)という言葉で、それは表現されている。「あおぎみること」という意味である。そして、聖化の道が始まった。やがて、その道にも、行き詰まりの時が来た。そこに、再臨信仰の気づきの時が来た。聖化の道を行く者における仰瞻の信仰の再興である。

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贖いと償い

贖いは、自分の力の及ばないこと、償いは、自分に出来ること、あるいは自分のしなければならないこと。贖いは義認に、償いは聖化に対応していると思う。
新生後の罪は、贖われるのではなくて、償われなければならない。そして、それは、新たなる希望の洞察によって可能となる。

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中世

古い中世は、信仰の時代と言われているが、聖と俗が混合、一体化している中で、逆に問題を孕んでいた。洗礼は幼児洗礼であったろう。親の願いは、信仰的なものであったかも知れないが、世俗的関心が混入しなかったとは言えないかも知れない。そして、洗礼の差し示している義認、新生の真意が見失われていった。ルターの登場は、洗礼の意義の再確認であった。

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2010年2月21日 (日)

バルトの挑戦と誤解

カール・バルトにおける神の絶対他者性の強調は、ある人たちに誤解を呼んだ。超越が内在を否定するかたちで強調されていると思われたからである。彼の神学は、弁証法神学と言われている。弁証法は、超越即内在の即を知っているという意味ではないだろうか。批判者は、バルトは、その即を知らないと思ったのではないだろうか。しかし、そう思われても仕方ないような言い方もあるかも知れない。

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故滝沢克己氏のこと

滝沢克己は、西田幾多郎の勧めで、カール・バルトに学んだ。バルトは、滝沢のバルト理解を大いに評価したが、なお、疑問に思うところがあった。そこに、あるいは西田の影響があるのではないだろうか。

滝沢は、西田哲学の理解においても、西田本人からの評価を受けたことがあった。

ということは、滝沢において、ある意味で、西田とバルトとの、出会いがあったのではないだろうか。西田もバルトも、思想界の重要人物である。その二人の間に立っている滝沢も、二人の出会いの場なのかも知れない。

昭和40年代の初めに、上智大学で、日本基督教学会があった。滝沢が、3,4人のパネラーの一人だった。しかし、質問は滝沢に集中していた。私には、何が問題なのか、よく分からなかったが、滝沢という人物にばかり質問が集中していたことを覚えている。

仏教とキリスト教との対話を考える時、滝沢を無視できないかも知れない。本も出ているが、今も、よく分からないでいる。

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2010年2月19日 (金)

次の世代

西谷啓治氏は、中世、近世と、それに続く「次の世代」を、次のように語っている。

「自律的理性は近世人の立場であり、信仰は中世人の立場であり、両者の弁証法的統一としての根源的主体性は、近世の内部に始まりつつある次の世代の立場である」(『西谷啓治著作集 第一巻』創文社、82頁)

内村鑑三にも、近代人批判がある。その意味では、彼もまた、「次の世代」の立場に立っていたのかも知れない。「新しき中世」もまた、そうである。

大雑把な捉え方かも知れないが、現代は、そんな時代ではないだろうか。中世でもない、近世でもない、両者の弁証法的統一を模索している時代である。いや、模索ではなく、創造の時代かも知れない。その希望の彼方に何があるのか、それが明確になれば、現代を力強く前進させることができるであろう。

西谷氏の話は一度だけ聞いたことがある。御殿場・東山荘での講演であった。しかし、内容は、よく分からなかった。

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2010年2月16日 (火)

内村鑑三の選択

内村鑑三は、生前、ある時期には、自分の選択は、カトリックか、無教会だと言っていた。しかし、カトリックへの批判は、晩年に至ってもなくならなかった。自分のもとからカトリックに移った人の信仰にも不可解という印象を記していた。もちろん、一方では、カトリック教会への賞賛の言葉もあった。その二つを並べて見て、人はどう選択したらよいのか、迷うかも知れない。

「無教会にあらざればローマ天主教会、私の選択はただこの二ツをもって限られてあるのであります。しかして私は今は前者を選むのであります。後日(あと)の事は知りません。今日はなお私は無教会信者をもって満足するよりほかに善き道を発見するあたわざる者であります」(『聖書之研究』1912年4月、「無教会主義を捨てず」)

「私の選択はただこの二ツをもって限られてあるのであります」という。この二つに架橋する道はないのだろうか。それが「新しき中世」なのだと、私は言いたい。

内村のカトリックへの抵抗には、それが「古い中世を基準にしていた」からではないだろうか。「新しい中世の創造」であれば、賛成したかも知れない。

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2010年2月15日 (月)

親鸞

作家・五木寛之氏が『親鸞』を上梓された。書店に二冊並んでいる。好評なので、いつか読んでみようと思っている。

ところで、親鸞は浄土真宗の開祖である。その宗教に大いに関心を寄せた神学者に、カール・バルトがいた。そして、バルトの影響を受けた橋本鑑という人が、「福音的称名」を実践していたことは、ある人たちには知られている。ただ、その後継者がいない。それでいいのかという思いもある。

バルトの『教会教義学』(1/2)に、「日本的プロテスタント主義」として、法然、親鸞が取り上げられ、宗教改革と対比されている。

そこに、こんな記述がある。阿弥陀信仰に関する注の中にあるのはーー

「実際、現にあれほど多くの対応関係がある以上」、「浄土教がさらにーーことによるとキリスト教との接触によって刺戟されてでないと誰が言いきれようーーもっと純粋な形へと内在的に発展することによって脱落し、それとともにキリスト教的プロテスタント主義、すなわちまさに恵みの宗教としてのキリスト教の純粋な形と接近的にほぼ完全に等しくなるということも起こりうるであろう」
(『教会教義学 神の言葉』Ⅱ/2、吉永正義訳、新教出版社、266頁 K/D・1/2、376頁)

橋本鑑には、『福音的称名序説』という本があり、この試みにも触れている。何か、後世への課題が、このあたりにあるのではないだろうか。

五木氏の『親鸞』には、浄土教の教えの後世の余波には触れていないであろうが、諸宗教対話の中では、興味のある事柄ではないだろうか。

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2010年2月14日 (日)

神化

正教会には、神化という言葉がある。「人が神になる」という意味と受け取れば、西方教会的信仰者には、びっくりするような事柄ではあるが、聖化なのだと考えれば、納得できる。しかし、単なる聖化なのだろうか。なにか、そうでもないようにも思える。再臨信仰と聖化との融合のようにも思える。ベルジャーエフや、ソロビヨフの信仰には、終末・再臨への関心が、西方教会よりも、よほど強いと思われる。もし、そうなら、神化の信仰は、我らの学ぶべき大切な事柄であはないだろうか。

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2010年2月 7日 (日)

鳩山首相

理想説く  若き指導者  異界人
 論理明解  現実重し

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朝青龍関に捧ぐ

天近き  国からの子が  来日し
 国技を登り  潔く散る

「天近き」はモンゴルを描いた司馬遼太郎さんの小説から、「潔く散る」には日本の美意識に触れるものがある。

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死支度

死支度  響き不吉に  聞こゆれど
 忘れる人の  生や不可解

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2010年2月 5日 (金)

エキュメニズムの狙い

エキュメニズムの狙いは何か。最初に始まったプロテスタント教会の中では、教派主義の克服があったのだろう。カトリック教会が参加して、この巨大な教会への吸収が危惧されたのだろうか、保守的プロテスタントの中には、反対する人も出た。この渦中にいては、教会一致運動は進展していかない。では、どうしたらいいのか。このひとつの解決策は、カトリック教会の中の再臨運動に期待する以外にはない、と思う。しかし、そんなものがあるのだろうか。もし、それがないのであればつくらなければならないのではないか。再臨においては、全教会は一致せざるを得ないであろうから。再臨への期待は、教会一致運動を推進する力になるように思う。しかし、第二バチカンに、そんな視線はあったのだろうか。

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ツイッター

つぶやきは  ひとりごとなり  元来は 
  今は輪ができ  和を求めつつ

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2010年2月 3日 (水)

復活の二義性

死に勝つ意味の復活があり、最後の裁きの前にあるという全人類の復活もある。この2つは、同じ復活でも、意味が違うのではないだろうか。

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メメント・モリ

きらきらと  光る世にあり   うつむくは
  死の意味を問う   声なきが故

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