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2010年2月22日 (月)

仰瞻

内村は、シーリーから、自分の心をばかり覗くのではなくて、十字架を仰げと言われ、回心を経験した。仰瞻(ぎょうせん)という言葉で、それは表現されている。「あおぎみること」という意味である。そして、聖化の道が始まった。やがて、その道にも、行き詰まりの時が来た。そこに、再臨信仰の気づきの時が来た。聖化の道を行く者における仰瞻の信仰の再興である。

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