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2010年2月22日 (月)

中世

古い中世は、信仰の時代と言われているが、聖と俗が混合、一体化している中で、逆に問題を孕んでいた。洗礼は幼児洗礼であったろう。親の願いは、信仰的なものであったかも知れないが、世俗的関心が混入しなかったとは言えないかも知れない。そして、洗礼の差し示している義認、新生の真意が見失われていった。ルターの登場は、洗礼の意義の再確認であった。

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