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2010年2月28日 (日)

21世紀

21世紀は2001年から2100年までの百年間のこと。今年が終われば早いもので、もう10年が過ぎてしまう。10年前には、世紀末で騒いだ時もあった。あれは何であったのだろうか。

すぐに戦争が始まり、21世紀を祝う気分は吹っ飛んだが、あの世紀末の関心を、もう一度、検証してみるのも意味のあることではないだろうか。

振り返れば、21世紀も、世紀末の騒ぎ、期待に反して、何の変化もなく過ぎている。何かが起きるといった期待は何であったのだろうか。

よい本がある。『終末思想に夢中な人たち』(ダミアン・トンプソン著、渡会和子訳、翔泳社、1999年)である。日本のオウム真理教や、幸福の科学も登場している。

キリスト教の歴史には、キリストの再臨の時を決めて、それが実現しなかったという騒ぎもあったが、キリスト教に縁遠い日本人には、なかなか理解できないだろう。その騒ぎの中で、生まれた教派もある。

しかし、あの新時代待望の意識は全く無意味であったのだろうか。いや、今もなお継承していくべきものが、その中にあるのではないだろうか。

内村鑑三の再臨信仰の提唱に促されて、歴史的な欧米の再臨運動の周辺を検証してみるのも意義深いことではないだろうか。

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