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2010年2月26日 (金)

仏教とキリスト教の対話

今の日本では、仏教関係の哲学者、作家の活躍が著しい。キリスト者としては、それを評価し、また受け入れなければならないと思う。余り、対立的に考えていくと、日本に居づらくなるが、外国移住の選択はないだろう。対話の中で、少しキリスト教的、西洋的味わいを混ぜて、西洋思想にも関心を持ってもらう、そんな程度の働きが出来れば、今はいいのかも知れない。西洋と東洋、両方知らないとだめ。西田幾多郎なども西洋哲学の知識は深いものがある。西洋はだめ、東洋がいい、ではなく、その逆でもなく、もっと自由に、西洋も東洋も旅をすればいいと思う。

考えてみれば、キリスト教はアジア産である。ただ、それが西洋に伝わり、西洋化された。そのため西洋の宗教のように見られているだけ。この歴史的経緯を無視してはいけないと思う。

京都大学文学部キリスト教学科の教授であられた故武藤一雄博士には、博士の生前、二度、お目にかかったことがある。

一度は、大学生の時、同じ科の後輩と二人で、後輩の案内で、京都の百万遍の近くにある武藤先生の御自宅を訪ねたことがあった。御自宅の二階で、先生にお会いした。周囲が本棚で囲まれ、びっしり本があったのには驚いた。

後輩は当時、クエーカー信徒であったが、以前は無教会の矢内原忠雄氏の集会に出ていた。その厳しかった雰囲気などをよく語っていた。その後、彼は、フィリピンの海岸での事故で亡くなったと聞いた。明るい、向学心に燃えた人だった。わずかの期間であったが、知りあえて感謝している。

当時、仏教を私は余り知らなかった。京都は寺が多い。その中で、キリスト者として、どういう姿勢をとるべきか。武藤先生は、仏教の話になると、真剣な面持ちになり、謙虚に聴くという姿勢を示された。批判的態度を取るかと思っていた私は、少し驚いたことがあった。京都という場所柄、仏教を無視はできないことを十分に了解していたのだろう。

武藤氏の御自宅での会話は、ほんの数分であったが、仏教に対するキリスト者の姿勢として、私に考えさせるものがあった。当時、私は改革派の本に魅力を感じていた。神戸改革派神学校の校是には、異教に対する厳しい姿勢が明記されていた。キリスト教の教派全体に対しても「学問的」評価を与え、キリスト教本質論を展開しているのは、この改革派神学以外にないように思っていて、魅力を感じていた。だから、仏教というものに対する積極的価値を認める視点を欠いていたのかも知れない。

しかし、仏教というものは、東洋の哲学ではないだろうか。ギリシャの哲学が排除されずにキリスト教との折衝の中で中世を生きていった。仏教も哲学として見た時、キリスト教との折衝があってもいいし、ありうるのではないだろうか。

キリシタンの昔から、仏教を敵視してきたキリスト教は、その姿勢を改めるべきではないのだろうか。仏教を哲学として見た時、そこには、自己認識への真摯な探求の歴史があるのではないだろうか。それはキリスト教にとっても見習うものであり、恐らく、キリスト教は、その点ではかなわないかも知れない。日本は仏教を介して「哲学の国」でもあるのだ。大学生の時、武藤氏の対応に感じた「?」は、40年後には、少し「!」に変わって来たかも知れない。神仏の加護という言葉もある。「神さま、仏さま」と、一緒にする呼びかける習慣はキリスト教的にはなじまないであろうが、その世界を理解することも大切であろうと思う。神は万物の造り主という時、存在するものの価値に目が開かれるのかも知れない。

その後、だいぶしてから、もう一度武藤氏に会った。調布の、あるキリスト者医師の診療所での講演会に出席した時であった。あの、御自宅での、私らの一回の訪問を先生が覚えていたかどうか知らないが、こちらも、あいさつはしなかった。もちろん、会話はなかった。話したのは、あのご自宅での一回の訪問の時だけであった。

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