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2010年2月15日 (月)

親鸞

作家・五木寛之氏が『親鸞』を上梓された。書店に二冊並んでいる。好評なので、いつか読んでみようと思っている。

ところで、親鸞は浄土真宗の開祖である。その宗教に大いに関心を寄せた神学者に、カール・バルトがいた。そして、バルトの影響を受けた橋本鑑という人が、「福音的称名」を実践していたことは、ある人たちには知られている。ただ、その後継者がいない。それでいいのかという思いもある。

バルトの『教会教義学』(1/2)に、「日本的プロテスタント主義」として、法然、親鸞が取り上げられ、宗教改革と対比されている。

そこに、こんな記述がある。阿弥陀信仰に関する注の中にあるのはーー

「実際、現にあれほど多くの対応関係がある以上」、「浄土教がさらにーーことによるとキリスト教との接触によって刺戟されてでないと誰が言いきれようーーもっと純粋な形へと内在的に発展することによって脱落し、それとともにキリスト教的プロテスタント主義、すなわちまさに恵みの宗教としてのキリスト教の純粋な形と接近的にほぼ完全に等しくなるということも起こりうるであろう」
(『教会教義学 神の言葉』Ⅱ/2、吉永正義訳、新教出版社、266頁 K/D・1/2、376頁)

橋本鑑には、『福音的称名序説』という本があり、この試みにも触れている。何か、後世への課題が、このあたりにあるのではないだろうか。

五木氏の『親鸞』には、浄土教の教えの後世の余波には触れていないであろうが、諸宗教対話の中では、興味のある事柄ではないだろうか。

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