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2010年3月 5日 (金)

聖人

もうだいぶ前のことである。遠藤周作氏の一周忌の会があり、旧知のプロテスタントの牧師に会った。「カトリックには、聖人があるからね」、と、ふと漏らした。死んだ信仰者の扱い方に、納得できないものを感じているように思われた。

カトリック教会には、聖人がいて、福者がいる。信仰に生きた死者に対しての教会の応答であろうか。

このような作業は、プロテスタントにはないため、何のため、といった問いがあるのだろう。それは、あるいは、カトリックの信徒の中にもあるかもしれない。ただ、カトリックの信徒の場合には、あまり信仰を表明しないので、問いが表に現れないのかもしれない。

この、聖人、福者といった死者の位は、あるいは千年王国と関連しているのではないかと、私は今、思っている。少し、説明しなければならないが、今は、まだできない。ただアイディアのみである。

もちろん、カトリックでは、千年王国は、比喩として受け取っているが、プロテスタントでは、再臨との関係で、様々に解釈されている。この領域に、対話と理解が必要ではないだろうか。まあ、少しずつ取り組んでいこう。しかし、テーマそのものは、いたって現代的ではないだろうか。時代の目的、究極的目的を問うのであるから。

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