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2010年4月26日 (月)

遺言のこと

最高裁長官も務めた故藤林益三さんが、毎年元旦に遺言を書き改めているという話を本で読んだことがあった。死の準備として、よい習慣と思うけれど、私は、少し別の習慣を提唱したい。

元旦に遺書を書くのは、まだ死が未来のいつかを明確には意識してはいないのだと思う。しかし、いつ来るか分からない死の時、それを未来のどこかに設定すれば、そこから現在の生き方が有意義なものに転換されていくのではないだろうか。

内村鑑三の本に「一日一生」というのがある。一日が一生であれば、明日は死ぬ日である。しかし、それでは、余りにも短か過ぎる。一年では、どうであろうか。来年の元日に書く遺書を、今年は書きつづけるわけである。老年は、そんなふうにして生きていきたい。

しかし、若い人には、これは無理であろうし、試行錯誤の生き方でもいいのかも知れない。老病は誰にでもやってくる。早いか遅いかの違いだけだ。老病は、人の生き方に影響を与える。それは不幸ばかりではないと思う。

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