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2010年4月 4日 (日)

千年王国の終焉

千年王国の終焉が、あるいは、あの16世紀ではなかったのだろうか。宗教改革とルネサンスが、中世の崩壊を進めた。その中で、「歴史的」千年王国も終焉した。しかし、その原理は、なくならなかった。その原理の中で、新しい千年王国の探求が始まったが、そこに、あるいは協同組合運動の根本理念も重なっているのではないだろうか。

新しき中世は、歴史的中世の再興を目指しているのではない。その千年王国的原理の中で、まさに、新しい世界を求めている。そこにキリストの再臨がある。

再臨の後に千年王国があるとすれば、その再臨はまだ終末ではない。しかし、千年王国が終焉したとすれば、その時点で祈り求めている再臨とは、まさに最後の時を指している。

千年王国前再臨説の中での、再臨希求は、その意味では、なお、徹底的終末観に立っていないといわざるを得ないのではないだろうか。そこでは、真の終末は、なお、長い時(「千年」)を経たあとの事柄であるように思えるのである。

形而上学的中世原理とは世界観の問題であり、歴史観の問題でもある。世界観とは、統合原理のことであり、西田幾多郎の「絶対矛盾的自己同一」も、その核心を捉えようとしているように思える。プロテスタントとカトリックとの対立というものは、その本当の意味は何であったのだろうか。絶対対立ではなく、何かが、その対立から、飛び立っていくのが、その目的であったのではないだろうか。

歴史観とは、現代の見方の検証を意味している。近世、近代、現代と続く歴史の中で、その関係を見定めていく時、歴史的意識が形成されていく。かつて、「近代の超克」という座談会があり、今も注目されている。一人の論客、吉満義彦も、参加している。しかし、彼の議論の展開のためには、なお、共鳴者が少なかったと思う。そこで、彼が指摘したこと、近代の問題性は、内村鑑三の指摘していたでもあろう。そんな近代を超えるもの、それは、歴史的中世回帰ではなく、新しき中世への創造である。そこに、キリストの再臨がある。千年王国は、その歴史観では、既に終わっているのだから。

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コメント

「この千年が終わると、サタンはその牢から解放され、地上の四方にいる諸国の民、ゴグとマゴグを惑わそうとして出て行き、彼らを集めて戦わせようとする」
(ヨハネの黙示録20・7~8)

千年王国前再臨論者にとっては、この個所は、遠い未来のことであろう。なぜなら、再臨はまだなのだから。しかし、解釈の中で、中世の終焉と千年王国の終焉をダブらせれば、この個所は、近世、近代のことになる。そして、実際、近世、近代は、そのようではなかったであろうか。その終焉は、ついこの間のことであった。ポストモダンは、その意識の反映である。

投稿: | 2010年4月 4日 (日) 19時52分

ルターのドイツに、ヒトラーが生まれた。近世、近代の原点の場所に、その終焉の出来事が起きたのは、何か意味があるのかも知れない。そこにドイツの光と陰がある。映画「偉人エーリッヒ博士」のドイツは、偉大なものを表していた。しかし、今、そのような畏敬の思いを、この国に覚えることができるだろうか。教会の衰退の知らせが続いている。

投稿: | 2010年4月 5日 (月) 11時55分

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