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2010年6月 8日 (火)

進化論

「われわれの精神のうちには自己を有機的に組織しようとする限りない努力があるから、外界のうちにも有機化へ向かう一般的な傾向が現れずにはいない。したがって全宇宙は、一つの中心から出発して自己を形成し、低い段階から次第により高い段階へと上昇して行く一種の有機的組織である」(『西洋哲学史 下巻』シュベーグラー著)

進化論は、今では、カトリック教会も認めつつある。しかし、根本主義的キリスト教では、聖書解釈の中で、これまで認めていないと思う。米国での議論は盛んであるが、日本では、論点の共有が生まれていないのかも知れない。

進化論は、無神論的な立場で、神なしに宇宙の目的があるとして解釈されてきた。それが問題なのではないのだろうか。信仰の中でも、人類の、また宇宙の進化を考える余地はあるのではないだろうか。

歴史というものは、目的を見いだした人の「勝ち」ではないだろうか。その目的を、どのように考えるのか、人生の意味は、そこにあるのかも知れない。進化は、そのような宇宙の目的に関係しているので、信仰の問題ともなりうるのではないだろうか。

信仰は、人生に静的な安定感を与えるものとばかり考えるのは、どうだろうか。動的な、歴史形成的な要素が、そこにあると見れば、進化論的なものをも受容できるのではないだろうか。

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