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2010年6月18日 (金)

回心について

最近、カトリック教会でも説教の中で、回心が語られている。しかし、それは漸進的回心のことであるように思われる。

回心には、瞬間的回心と漸進的回心とがあるように思われるのである。従って、回心は瞬間的か漸進的か、と言われれば、両方と言おう。回心が新生であれば瞬間的、聖化であれば漸進的であるからだ。

幼児洗礼が新生であるとすれば、あとは聖化のみである。だから、その中での回心は聖化を意味すると思われる。そのため、絶対他力、信仰義認の教理は、カトリック教会では隠されていたように思われる。それがルター出現の背景ではなかったのだろうか。

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